Entered: [2000.03.13] Updated: [2000.05.16] E-会報 No. 46(1999年 11月)
第10回 分子生物学交流会

NMRによるタンパク質とリガンドの相互作用の研究
北海道大学・大学院薬学研究科
小椋 賢治


 遺伝子工学およびNMR測定技術の発展により,溶液中でのタンパク質の立体構造決定が広く行われるようになってきた.現在では,タンパク質の立体構造だけでなく,リガンドとの相互作用や構造と機能の関連を解明する研究が指向されている.

 13Cおよび15Nにて同位体ラベルされたタンパク質に,ラベルされていないリガンド分子が結合し複合体を形成している試料にて同位体フィルターと呼ばれるNMR測定法を利用すると,同位体ラベルされていないリガンド分子由来の信号のみを選択的に検出できる.その結果,複雑なNMRスペクトルが単純化し,リガンド分子の立体構造やタンパク質のリガンド結合部位の情報のみを得ることができる.しかし,これまでに提案されている同位体フィルターパルス系列では,芳香環炭素領域と脂肪族炭素領域を同時に測定できないという欠点があった.

 この欠点を克服するため,パルス磁場勾配(PFG)と整形パルスを利用した,新しい同位体フィルターパルス系列を開発した.さらにこの同位体フィルターパルス系列を二次元および三次元NMR測定法に応用したパルス系列を開発した(文献1).

 新しく開発した同位体フィルターパルス系列を利用して,Grb2のSH2ドメインと基質タンパク質Shc由来ペプチドとの複合体の立体構造決定をおこなった.

 SH2ドメインはシグナル伝達に関与するタンパク質中に数多くのバリエーションとして発見されている機能モジュールであり,リン酸化チロシンを含む特定のアミノ酸配列を認識し結合することが知られている.SH2の種類により,その認識するアミノ酸配列は多様である.

 複合体の立体構造を決定したところ,Grb2 SH2ドメインの,リン酸化チロシン認識機構については,他のSH2ドメインと同様に塩基性ポケットにて結合していることがわかった.しかし,リン酸化チロシン残基より後方の残基の認識については,他のSH2ドメインではペプチド鎖が直鎖状にSH2 ドメイン上に結合しているのに対して,Grb2 SH2ドメイン上ではペプチド鎖がターン構造を形成して結合していることがわかった(文献2,3).

文献

  1. Ogura, K., Terasawa, H., and Inagaki, F. (1996). An improved double-tuned and isotope-filtered pulse scheme based on a pulsed field gradient and a wide-band inversion shaped pulse. J. Biomol. NMR 8, 492-498.

  2. Ogura, K., Tsuchiya, S., Terasawa, H., Yuzawa, S., Hatanaka, H., Mandiyan, V., Schlessinger, S., and Inagaki, F. (1997). Conformation of an Shc-derived phosphotyrosine-containing peptide complexed with the Grb2 SH2 domain. J. Biomol. NMR 10, 273-278.

  3. Ogura, K., Tsuchiya, S., Terasawa, H., Yuzawa, S., Hatanaka, H., Mandiyan, V., Schlessinger, S., and Inagaki, F. (1999). Solution structure of the SH2 domain of Grb2 complexed with the Shc-derived phosphotyrosine-containing peptide. J. Mol. Biol. 289, 439-445.


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編集幹事:伴戸 久徳 hban@abs.agr.hokudai.ac.jp