Entered: [1999.01.27] Updated: [1999.01.27]
日時:1999年1月22日(金)13:30-17:30
場所:学術交流会館・1F講堂
(札幌市北区北8西5丁目:北大正門を入ってすぐ左)
主催:北海道分子生物学研究会(HAMB)
プログラム
13:30 - 13:40 開会挨拶 飯塚敏彦 会長(北大・農)
13:40 - 14:30
時野 隆至 (札幌医科大学 癌研究所)
「p53の標的遺伝子の機能解析」
座長:澤田 幸治 (札幌医大)
14:30 - 15:20
金田 安史 (大阪大学 大学院医学研究科)
「遺伝子導入ベクターの開発と難病治療の試み」
座長:瀧本 将人 (北大・医)
15:20 - 15: 40 休憩
15:40 - 16:30
内宮 博文 (東京大学 分子細胞生物学研究所)
「植物細胞の“生と死”のダイセクション」
座長:米田 好文 (北大・理)
16:30 - 17:20
鍋島 陽一 (京都大学 大学院医学研究科)
「個体老化の分子機構」
座長:酒井 正春 (北大・医)
17:20 - 17:30 閉会挨拶 大塚栄子 前会長(北大・薬)
18:00 - 19:30 懇親会 北大・百年記念会館・きゃら亭
時野 隆至(札幌医科大学 がん研究所)
分子生物学の進展にともない,癌は複数の遺伝子の変異が体細胞に蓄積し,その結果として細胞の増殖制御ができなくなる遺伝子の疾患であることがわかってきた.これまでに単離された遺伝子の中で,最も高頻度にヒト癌での変異が報告されているのが癌抑制遺伝子p53である.最近,p53は転写制御因子としての種々の標的遺伝子の発現を制御していることが明らかになってきた. われわれはp53の下流標的遺伝子を同定するため,まずp53の転写活性化機能を指標にしてヒトゲノムから多数のp53結合部位を単離した.酵母HIS3レポーター遺伝子の上流にヒトゲノム由来のDNA断片を組み込んだライブラリーを作製し,p53依存的にヒスチジン欠失培地で生育できるクローン,すなわちp53タンパクの結合配列を含んだクローンを多数単離した.さらに,その近傍に存在する遺伝子断片をp53標的遺伝子の候補遺伝子として単離した.これまでにp53によって発現誘導される8つの新規遺伝子を同定している.われわれが単離した新規p53標的遺伝子の機能解析を中心にしてヒト癌とp53遺伝子との関連について考察する.
(1)GML (GPI-anchored molecule like protein) 遺伝子は158アミノ酸からなるGPIアンカータンパクをコードする.種々の悪性腫瘍由来細胞株においてDNA障害性薬剤を中心とした抗癌剤に対する感受性とGMLの発現に相関が認められた.また,GMLを外来性に導入することにより,p53非依存的に薬剤および放射線感受性を上昇させることを見いだした.以上の結果から,癌細胞ではGMLの発現を失うことが抗癌剤に対する耐性獲得につながると考えられた.臨床的見地からは,GMLの発現が抗癌剤に対する感受性を予測する指標になりうる可能性が示唆された.
(2)BAI1 (brain-specific angiogenesis inhibitor 1) 遺伝子産物は1584アミノ酸からなりその配列から7回膜貫通型の膜タンパクであることが推測された.細胞外領域にはtrombospondin (TSP)-type1-repeatと高い相同性を示す領域が存在した.脳特異的な発現を認めたため,9種類のグリオーマ細胞株でこの遺伝子の発現を調べたところ,7種類の細胞株において発現の低下を認めた.TSP-type1-repeatの機能として血管新生の抑制作用が報告されていることから,BAI1遺伝子の TSP-type1 like repeat 領域を遺伝子組換によって産生したタンパクを用いて検討した結果,血管内皮細胞の増殖および遊走能に抑制効果のあることを確認した.以上の結果とヒトグリオーマの進展過程において高頻度に認められるp53の変異が腫瘍血管の増生に関与するとの既知の報告から,BAI1はグリオーマの腫瘍血管の増生阻害に強く関与するものと考えた.
(3)CSR (cellular stress response) 遺伝子は染色体8p21に位置する.アミノ酸配列の相同性検索から,CSRタンパクは膜貫通ドメイン,α-helical coiled coilドメイン,コラーゲンドメインを持つマクロファージ・スカベンジャー受容体と構造が類似していた.正常ヒト線維芽細胞において紫外線照射や酸化ストレスによってCSR遺伝子は発現誘導された.CSR遺伝子が細胞内の活性酸素の除去機能を持っているかどうか,癌細胞にCSR遺伝子を強制発現させて検討した.酸化的ストレス条件下で,CSR遺伝子を強制発現させた細胞は親株と比較して細胞内のROS (reactive oxygen species)が低下していたことから,CSRは細胞防御機能をもつスカベンジャー受容体様タンパクをコードする新規の遺伝子であると考えられた.
金田 安史(大阪大学 大学院医学研究科)
私達は難病の遺伝子治療をめざし,生体組織への新たな遺伝子導入系と発現系の開発を行ってきた.そして細胞融合をおこすウイルスである HVJ (Hemmaggulutinating Virus of Japan; Sendai virus) を利用することと導入遺伝子の発現を高めるための核蛋白質の共導入の考えから最終的にHVJ-リポソーム法を開発した.これは非ウイルスベクターであるがウイルスとリポソームの融合ベクターであることからハイブリッドベクターの草分けと言える.この方法によるとリポソームに封入された遺伝子はエンドゾームやリソゾームによって破壊されることなく細胞質に導入され,核蛋白質の働きでその発現を高めることができる.HVJの細胞表面のレセプターはシアル酸の付いた糖脂質,糖蛋白質であり,リンパ球以外の殆どの細胞に融合し遺伝子の導入が可能であり,約10分のインキュベーションでほぼ融合,導入が完成する.細胞の分裂,非分裂を問わず遺伝子の導入,発現が可能であり,連続投与も可能である.これらの特質を生かし多くの動物臓器への遺伝子導入により,数多くの遺伝子レベルでの治療研究に成功してきた.
しかし,ヒトへの応用を考えれば,遺伝子の発現をさらに高め,長期に維持する必要がある.そこで HVJ-リポソームによる遺伝子導入効率を更に高めるため脂質組成の検討を重ね,生体組織での遺伝子導入と発現を最大に高めることのできる AVE (Artificial Viral Envelope)-liposome を開発した.この脂質組成はエイズウイルス(HIV)のエンベロープや赤血球膜の脂質に酷似している.肝臓,骨格筋での遺伝子発現は現行の HVJ-liposome による遺伝子発現の5-10倍であった.また正電荷脂質 DC-Chol esterol を加えた新たな HVJ-カチオニックリポソームを開発した.DC-Cholを加えPSを除いたリポソームは DNA の封入率が5-6倍上昇し,HVJ と融合させることにより培養細胞での遺伝子発現が数十〜数百倍強力になった.組織においては注入局所での遺伝子発現を飛躍的に増強できるようになった.
一方,導入遺伝子の長期発現のためには効率よく宿主ゲノム内に遺伝子を組み込む方法と染色体外で安定に維持する方法が考えられる.ここでは Epstein-Barr Virus (EBV) の潜伏感染装置を利用したレプリコンベクターを開発し,マウスの肝臓にルシフェラーゼ遺伝子を導入すると1ヶ月以上にわたって安定な遺伝子発現を認めた.潜伏感染装置を持たないと1週間で発現がなくなった.染色体外にあっても安定に存在できる機構があって EBV の配列がそれを促進できる.最近私達は EBNA-1 を強発現できるプラスミドと oriP を有する目的遺伝子の発現プラスミドを HVJ-リポソームにより共導入すると,転写の活性化により目的遺伝子の発現を約10倍増強できるシステムを開発した.
このような HVJ-リポソームを用いた癌や成人病の遺伝子治療研究が進んでいる.今回は,癌治療として放射線により誘導される遺伝子のプロモーターを用いた自殺遺伝子治療による肝癌の治療,成人病として肝硬変ラットへの肝細胞増殖因子の遺伝子導入による肝硬変の治療についても述べる.また,最近,移植臓器の機能を高めるために遺伝子導入法が用いられている.HSP70 遺伝子導入による移植心の機能保持,細胞周期遺伝子のアンチセンスオリゴヌクレオチドによる移植静脈の動脈化などにも成功し,HVJ-リポソーム法の新たな可能性が示されている.
内宮 博文 (東京大学 分子細胞生物学研究所)
近年プログラム細胞死は植物においても多様な現象のなかに認められている.とくに,病原菌によって引き起こされる過敏感細胞死,管状要素の形成,根冠細胞の離脱,葉や花弁の老化等において多くの研究例がある.このような細胞死の中には,アポトーシスの特徴として知られる核DNAの断片化や,クロマチン凝縮が検出される場合もある.
単子葉植物であるイネにおいては,主根の原基は胚形成期に既に決定されている.種子が吸水し発芽に至る過程は,休眠状態にある胚が主根ならびにコレオプチル,第1,2葉等の初期発育に必要な器官を伸長することから始まる.同時に,原中心柱と根冠始原細胞では,活発な細胞分裂が行われ,皮層や表皮の原基が明確な cell file を形成する.このような主根における根の伸長成長は,部位特異的であり,各々の細胞のタイプによっても時期が異なる.我々は,このような異なった組織における細胞の生と死のパターンを分子細胞生物学的手法により解析している.これまで得られた知見について報告する.
(a) 細胞周期を制御する遺伝子:
非分裂組織からの分裂開始に注目して,細胞周期に関与するサイクリン依存性キナーゼ (Cdk) の発現を解析した.イネでは4種類の cdc2 ホモログ (Os1, Os2, Os3, R2) が単離されている.そこで 根端分裂組織における発現パターンを解析したところ,Os1, Os2, R2 はほとんど組織全体で発現した.一方, Os3 は特定の細胞にのみ発現が認められた.一般に,分裂組織では各細胞が同調せずに活発に分裂を繰り返しているので,隣接する細胞が同じ細胞周期のステージにある可能性は低い.Os1, Os2 にはサイクリンと相互作用する PSTAIRE ドメインが保存されているのに対して, Os3 はアミノ酸置換が起こっている.興味有ることに,R2 は Os1をリン酸化するCDK活性化キナーゼであることが明らかになった.以上の知見を総合し,細胞周期に関与する因子と細胞分裂との関係を考察する.
(b) 細胞死のパターン解析:
種子根における通気組織の形成過程を組織学的に解析した結果,特定の皮層細胞から崩壊が開始されることを見出した.すなわち,空隙が拡大する過程において,第一番目に崩壊を起こした細胞から,放射軸方向に細胞死,及び細胞崩壊が進むことが明かとなった.
つぎに,根の皮層細胞における細胞間連絡が細胞死の方向に重要な役割を果たしているのではないかと推定し,マイクロインジェクションにより様々な分子量の dextran - FITC を細胞死が開始される第5皮層細胞に導入した.その結果,約10 kDa の dextran - FITC を導入したとき,放射軸方向をメインとする cell-to-cell movement が観察され,プラスモデスマータを介した物質の移動と細胞死の方向性が一致した.以上の観察をもとに植物におけるプログラム細胞死の機構を考察する.
鍋島 陽一(京都大学 大学院医学研究科)
挿入突然変異によって早期老化症状を呈するKlothoマウスを樹立した.多彩な老化症状は単一遺伝子の欠損に起因しており,原因遺伝子 Klotho を同定した.本変異マウスは常染色体性劣性遺伝子形式をとり,ホモ個体では(1)成長障害,(2)早期死亡,(3)動脈硬化,(4)骨粗しょう症,(5)神経細胞の脱落,(6)性腺の萎縮,(7)胸腺の萎縮,(8)軟部組織の石灰化,(9)皮膚の萎縮など多彩な老化症状を呈する.Klotho 遺伝子は約5.2Kで,N端にシグナル配列,C端に膜貫通ドメイン構造をもつ1,014アミノ酸からなる新規の1型膜蛋白質をコードしており,その発現は腎臓で高く,弱い発現が中枢神経で観察された.RT-PCRにより卵巣,精巣などでも発現が確認されたが,骨,皮膚,胃等の強い変異症状が観察される臓器で,Klotho 遺伝子の発現が観察されず,Klotho蛋白の機能を伝える液性因子の存在が示唆された.また,変異マウスは null に近い hypomorph であることが確認された.マウスcDNAをプローブとしてヒトcDNA ライブラリーより相同遺伝子を分離し,その構造を決定したところ,同様の1型膜蛋白質をコードするmRNA とスプライシングの制御により,蛋白中央にストップが入るmRNA,すなわち,分泌型蛋白質をコードする mRNA が同定された.Klotho自身が分泌されて,ターゲット組織に結合し,機能していることが推定されるが,その他の可能性も含めて検討中である.シンポジウムではKlothoの分子機能を中心にその老化メカニズムについて討論したい.