ロタウイルスの新知見(研究の現状)について2005年9月から2006年8月までの1年間に公表された論文から抜粋して報告する。この間の研究成果として最も注目すべきは、ロタウイルスにおけるリバースジェネティクス系の開発、2種類のロタウイルスワクチンの有効性・安全性に関する治験報告であろう。その他、疫学、臨床、感染増殖、分子生物学に関連する多数の論文が発表されている。その中から主な論文のみを取り上げ、要点を解説する。
1. 疫学・臨床
- G9ヒトロタウイルス(HRV)はラテンアメリカにおいてG1 HRV に比し、より重症の小児下痢症に関与している(Clin.Infect.Dis.43:312)
- ブラジルにおけるG12 HRV の検出、G12の世界的な拡がりを示唆(J.Med.Virol. 78:1241)
- G12ブタロタウイルスの検出、ヒト以外の動物から初めての検出(Arch.Virol. 151:1329)
- 新しいP遺伝子型 P[26]:134/04-15株(ブタロタウイルス、G5、イタリア) (Virology 346:301)
- ベルギーの小児下痢症より分離されたB4106株は、その遺伝子配列が全体的にウサギロタウイルス(G3P[14])にきわめて近く、ウサギからヒトへの感染を示唆(J.Virol.80:3801)
- タイで分離されたヒトロタウイルスCMH222株(G3P[3])は、サルロタウイルス様VP7遺伝子、VP6遺伝子とヤギロタウイルス様VP4遺伝子、NSP4遺伝子を有しており、ヒト-動物間での頻回の伝播を示唆(J.Med.Virol. 78:986)
- インド・コルカタの小児下痢症例においてB群ロタウイルスが比較的高頻度に検出(J.Clin.Virol. 36:222)
- 抗原虫薬 Nitazoxanide が重症ロタウイルス下痢症の治療に有効 (Lancet 368:124)
2. ワクチン・感染防御・免疫
- 第3相試験における1価弱毒ヒトロタウイルスワクチン(RIX4414株、RotarixTM)の安全性と有効性(N.Engl.J.Med. 354:11)
- 第3相試験における5 価ヒト-ウシ(WC3株)遺伝子再集合体ロタウイルスワクチン (RotaTeqTM)の安全性と有効性(N.Engl.J.Med. 354:23)
- 1価弱毒ヒトロタウイルスワクチン116E、I321の安全性と免疫原性/インドにおける治験成績(Vaccine 24:5817)
- 4 価ヒト-ウシ(UK株)遺伝子再集合体ロタウイルスワクチンの安全性と免疫原性/フィンランドにおける治験成績(J.Infect.Dis 194:370)
- ロタウイルス中空粒子(VLP)をアジュバントとともにマウスへ経直腸的に投与すると有意な抗体応答を惹起し、ロタウイルス感染を防御した (J.Virol.80:1752)
- ロタウイルス自然感染およびRRV-TVワクチン被接種者の血清中における抗ロタウイルス非構造蛋白NSP4抗体応答の評価 (Clin.Diagn.Lab.Immunol.12:1157)
- ロタウイルス感染急性期の末梢血単核球においてToll様レセプター TLR2, TLR3, TLR4, TLR7, TLR8の遺伝子発現が亢進 (Clin.Exp.Immunol. 144:376)
3. 腸管外感染の動物モデル
- 新生仔ラットへ経胃的にロタウイルスRRV株等を投与、下痢発症以下の投与量でウイルス血症が起きる (J.Virol. 80:4820)
- ロタウイルスEC株、RRV株を経胃的に投与、感染させた新生仔マウスの腸間膜リンパ節、肝、腎、肺、血液からロタウイルスが検出される (J.Virol. 80:5219)
- RRV株はCaco-2細胞への感染に際しアポトーシスを誘導(Vir332:480)
- adult CD-1マウスへ経口的にロタウイルスを投与すると、ウイルス株非特異的に抗原血症が起こる (J.Virol. 80:6702)
4. 遺伝学・ウイルス遺伝子複製機序
- リバース・ジェネティクス系の開発:ヒトロタウイルスKU株にcDNA由来のSA11株VP4遺伝子を取り込ませた感染性ウイルスを得ることに成功(PNAS103:4646)
- 遺伝子分節5’末端から2番目のG(グアニン塩基)が、RNA依存性RNAポリメラーゼの結合およびマイナス鎖合成複合体形成のシグナルとなる(RNA12:133)
5. ウイルス感染・増殖とウイルス蛋白
- ロタウイルス外殻スパイク蛋白VP4の開裂産物VP5*はアミノ酸モチーフAsp-Gly-Glu を使って細胞表面のα2β1インテグリンと結合する(J.Gen.Virol. 87:1275)
- ロタウイルスのVP4は感染細胞内でアクチン微小線維束に結合して構造を変化させる。ロタウイルスが感染した腸管上皮細胞の刷子縁の変化はこれによる。(J.Virol.80:3947)
- ERにおけるウイルス粒子形成によりVP4とラフトの会合が起きる。ERを通過する最後の段階でVP4が集合、配置され、成熟感染性粒子となる。(J.Virol.80:3935)
- 感染細胞内で8量体を形成するNSP2にはhistidine triad (HIT)用モチーフがあり、これがRNA triphosphatase活性、NTPase活性に関与する (J.Mol.Biol. 362:539)
- NSP2のHIT依存性NTPase活性は2本鎖RNAの合成に必要であるが、viroplasm の形成には必要ではない (J.Virol. 80:7984)
- siRNAによりNSP3の発現を阻止しても、組織培養細胞中でウイルス蛋白の合成、ウイルス粒子の産生には影響しない。(J.Virol.80:9031)
- siRNAによりNSP4の発現を阻止するとviroplasmの形成が抑制されウイルス蛋白の分布が異常になり、遺伝子分節がパッケージされた正常な粒子形成が阻害される。NSP4は細胞内におけるウイルス複製の調節役として機能する(J.Virol.79:15165)
- NSP4は細胞膜ラフトに局在する蛋白であるcaveolin-1に結合する。その結合ドメイン(アミノ酸114-135)はC末端部のエンテロトキシンペプチドとされた部分に一致する。NSP4とcaveolin-1の結合はNSP4のERから細胞表面への移動に関与しているかもしれない。(J.Virol.80:2842)
- 細胞内のNSP4の局在を調べると、かなりのものが細胞質内の新たな小胞性の区画に分布していた。その形成は細胞内カルシウム濃度に依存性で、viroplasmと密接に位置していた。この知見はNSP4のウイルス複製における新たな機序を示唆した。(J.Virol. 80:6161)