話題提供

食中毒の摂食時点の推定方法について
ウイルス性下痢症を中心にして


和田 正道(長野県衛生公害研究所)


従来法による推定と応用の現状
 実際の食中毒事件には1950年代に開発されたSartwell法(平山法)が多用されている。1970年代に堀内らにより開発された定差図法も応用されている。1998年には丹後により最尤推定法が開発されている。これらの推定法を実際の食中毒に応用した場合、実際の摂食時点との一致性および精度の信頼性は経験的に見て高くないと考えられる。これらの方法は患者の発生分布が対数正規分布するとの前提条件に基づいている。しかし、演者が食中毒事例について検討した結果、対数正規分布に適合(危険率5%)したのは31/341(9.09%)に過ぎなかった。ウイルス性下痢症については3/22(13.64%)が適合した。

食中毒データベースに基づく推定法の開発
 患者の理論的な発生分布に基づき推定する従来法に対し、データベースに基づく方法は患者の発生分布を多数集めて統計学的に推定する。回帰分析法あるいは重回帰分析法に基づき作成した推定式に新たに発生した事例から得られるデータを入力して推定する。回帰式に基づく推定法は発生分布からパラメータ(x)を一つ選んで摂食時点(y)を回帰式(y=ax+ax+……+ax)に基づいて推定する(aは回帰係数)。重回帰式に基づく推定法は複数のパラメータ(x,x,…x)を選んで重回帰式(y=ax+ax+……+ax)に基づき推定する。
 回帰式に比較して、重回帰式に基づく推定法は実際の値への推定値のあてはまりが良いことが判った。パラメータを選択する期間を初発患者の発生から患者数が最大になるまでの短期間に限った結果、早い時期に推定が可能となり実用性が高まった。また、原因物質別に推定式を作成すると一致性および推定精度共に高くなることが判った。実際の食中毒事例に応用した場合に推定値と実際の値の一致性を高めるため、最適な重回帰式を選択する評価基準として予測平方和(PSS) を用いたが、推定式の実用性を高める上で効果があると考えられる。

各種の推定法の比較検討
 全341食中毒事例から作成した重回帰式を用いてウイルス性下痢症22事例を推定した場合、実際の摂食時点との差異は平均して1.3時間程度であった。精度の高低を表すRMSE値(Root mean square error)は0.302と小さく高い精度を示した。ウイルス性下痢症22事例から直接、重回帰式を作成した場合は、差異は平均して10分間、RMSE値は0.069であった。従来法のなかで一致性および精度が最も高かった最尤推定法を用いて、同じく22事例を推定すると、実際の摂食時点との差異は平均して4.0日、RMSE値は6.225であった。対数正規分布に適合する3事例だけを集計すると、差異は平均して4.7時間、RMSE値は0.212であった。重回帰式に基づく推定法の一致性、精度および汎用性が高いことが判った。また、重回帰式に基づく推定法による解析は患者の初発時点から患者数が最大になる時点を経過した平均して1.2日後に開始できるが、従来法は発生が終了する平均して2.9日以降となる。従来法を用いる場合には対数正規分布への適合性の検討が不可欠である。

食中毒データベースに基づく推定法の実用化に向けて
 データベースに基づく推定法を実用的にするには、計算の煩雑さおよび迅速性を考慮して、パソコン用のソフトウェアの開発が不可欠である。従来法でも定差図法および最尤推定法の場合は必要と思われる。1998年に公開した「食中毒の発生時における摂食時点推定ソフトウェア」(FPpoint for Windows) は回帰式に基づく推定法、 Sartwell法および定差図法による推定が可能である。重回帰式に基づく推定法はサポートしていないが、今後のバージョンアップで対応したい。食中毒の発生時には摂食時点の推定と原因食品の推定を併用することにより精度の高い原因追及調査が行われ食品衛生に寄与することが期待できる。


←Back   抄録目次   Next→
トップページへもどる