話題提供

感染症発生動向調査から見たウイルス性下痢症


岡部信彦 国立感染症研究所感染症情報センター


 ウイルス性下痢症という疾患名は、感染症法対象疾患には含まれておらず、感染症発生動向調査からこれを推し量ろうとすれば、感染性胃腸炎という症候名による診断からデーターを得るしかない。感染性胃腸炎とは、一般に多種多様の病原体の感染を原因とする共通の症状、すなわち発熱、下痢、悪心、嘔吐、腹痛などを現す一連の疾患をまとめた症候群的診断名である。病因となるものは、ウイルス(SRSVなどのノーウオーク様ウイルス、ロタウイルス、腸管アデノウイルスなど)、細菌(腸炎ビブリオ、病原性大腸菌、サルモネラ、カンピロバクターなど)、寄生虫(クリプトスポリジウム、アメーバ、ランブル鞭毛虫など)など、多岐にわたっている。

 わが国の感染症法では、感染性胃腸炎は4類定点把握疾患に定められており、全国約3000箇所の小児科定点より患者数が報告されることによって、その発生動向が理解されるようになっている。疾患の届けにあたって病原診断は求められてはいない。嘔吐・下痢などの症状を呈する疾患は多く、そのすべてについて病因的鑑別診断を行って病原体診断に基づく報告を求めることは先に述べたように実際的ではなく、仮に病原診断を求めた場合には、報告数は著しく低くなりその結果実態を反映しないものとなる可能性が危惧されたところから、病原診断ではなく症候群的把握を行うとされたものである。なお小児科定点の約10%は検査定点とされ一部の患者から検体の提供を受け、地方衛生研究所(地研)において病原検索が行われている。これによって感染性胃腸炎の病原のおおよその傾向がとらえられている。もちろん赤痢、出血性大腸菌感染症など、感染症法に指定された疾患であることが明らかであれば、その診断名での届け出となる。

 小児下痢症の傾向はしたがって症候名から見た感染性胃腸炎と、地研で分離同定されたロタウイルス、SRSVなどと見合わせながらその傾向を見ることになるが、ウイルスの分離と(細菌も同様であるが)患者とは1:1の関係にはない。

 感染性胃腸炎を含む、感染症法に規定された感染症のサーベイランス情報および地研で分離されたウイルス状況などは、感染症情報センターのホームページで公表されている(http://idsc.nih.go.jp/index-j.html)。

 同ホームページでの感染性胃腸炎の最近10年間の発生状況を見ると、図(リンク参照)のようになっている。本症には、多種多様な病原体が関与しているので、一定の疫学パターンをとりにくい。しかしながら、過去のデータなどを比較すると、例年初冬から増加し始め12月頃に一度ピークができた後春にもう一つなだらかな山ができ、その後初夏までだらだらと続き、年によってはもう一度小さなピークができた後、減少していくという流行パターンをとっている。ウイルス性、特にSRSVによる流行が12月のピークを形成し、その後春のピークはロタウイルスによって形成されることが多い。なお細菌性胃腸炎の多くは通年性であるが、腸炎ビブリオなどいわゆる食中毒によるものは夏期の感染性胃腸炎の原因になっていることが多いようである。


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