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日米医学協力研究会ウイルス性疾患専門部会第35回合同会議報告


下痢症ウイルス担当部会員 中込 治 (秋田大医)


本年度の日米医学協力研究会ウイルス性疾患専門部会日米合同会議は8月7〜9日にかけて米国ハワイ州ホノルル市で開催された。下痢症ウイルス(公式のプログラムではロタウイルス)のセッションは初日朝8時30分から2時45分まで日米それぞれ6題ずつ計12の演題について、Harry Greenberg博士と中込治の座長のもと、発表と活発な討議が行われた。以下の各演題に示すように米国側の発表は6題すべてがロタウイルスに関するものであるのに対し、日本側の発表は3題がロタウイルス残りの3題がノーウォークウイルスに関するものであった。会議の抄録とメモに基づいて、各演題の概略を報告するが、聞き誤りや思い違いがありうることをあらかじめご了承いただきたい。

(1)K. Kojima et al.(札幌医大衛生学)
「Genome rearrangements of rotaviruses generated after successive passage at high m.o.i.」
 ロタウイルスをhigh m.o.i.で継代すると遺伝子重複によるrearrangementが起こることが知られている。本研究ではbovine rotavirus UK株を長期(49〜57代)にわたりhigh m.o.i.で継代することにより、NSP2、NSP5およびVP4をコードする遺伝子分節にrearrangementを認めた。特にVP4をコードする遺伝子分節が消失し、はしご状のパターンが生じた現象は会場の大きな関心を引き質問が集中した。小島氏の研究はVP4の一部がdispensableであることを示唆している点が特に興味を引いたようだ。また、小島氏が論じているように、本研究はロタウイルスが準種状態quasispeciesを体現しているvisibleな証拠を提示したと言える。

(2)Y. Someya et al.(感染研)
「Functional consequences of mutations of charged amino acid residues in the Chiba virus 3C-like protease.」
ノーウォークウイルスのひとつであるチバウイルスを使って、ORF1にコードされているタンパクのひとつである3C-like proteaseについてクローニングした遺伝子に活性中心と推定されるCysをAlaに置換して、活性部位の解析を行った研究であり、ノーウォークウイルスについての基礎的ウイルス学的研究として米国研究者から高い評価を得たようである。3C-like proteaseはchymotrypsin-like proteaseであるが、これに特徴的であるcatalytic triadではなくcatalytic dyad (His30 and Cys139)をもつことを証明した。

(3)T. Tanaka et al. (堺衛研)
「Evaluation of a Norwalk-like virus antigen ELISA based on genogroup-specific monoclonal antibodies: a multi-institutional analysis」
田中氏が長年にわたり開発を続けてきたMabを使ったELISAと武田氏らのバキュロウイルス発現粒子を免疫したウサギ免疫血清を使ったELISAとの、それぞれの長所を組み合わせて作ったELISAのperformanceを主としてRT-PCRを対照として多施設で検討した研究である。施設間で基準の統一がどうとられたかなど細かい問題点も指摘されたが、全体で70%以上の一致率を見たことは、ELISAが実用段階に到達してきたことを示すものとして注目された。また、このELISAにより成人に少なからぬ不顕性ノーウォークウイルス感染があるとの報告に対して活発な議論がなされた。

(4)M. Tatsumi, et al. (札幌医大小児科学)
「Detection and differentiation of Norwalk virus by polymerase chain reaction a nd enzyme-linked immunosorbent assay」
非細菌性胃腸炎の集団発生の原因検索に活用すべくノーウォークウイルスの検出と遺伝子型別を簡便に行える方法として、PCR-ELISAを開発した研究であり、PCR-Southern hybridizationと同程度(通常のPCRの100倍)の感度を持ちながらcut-offがsharpに出るところが特徴といえる。臨床検体を用いたperformanceについてのデータも出されたが、なお、臨床やoutbreak investigationの現場でどの程度有用なのか示す成績を求める発言が米国研究者からあった。

(5)Philip Dormitzer, et al.
「Triggered oligomerization of the rotavirus outer capsid protein VP4 and VP7」

(6)Philip Dormitzer, et al.
「Atomic resolution structures of the rotavirus hemagglutination domain with and without bound sialic acid」
Dormitzer博士による2つの演題(連続して口演された)はいずれもロタウイルスが宿主細胞に侵入する感染初期過程にウイルス粒子に起こる分子構造レベルでの変化を追究した分子解剖学的研究である。特に注目された点は、(ロタウイルスの感染にトリプシンによるVP4の開裂が必要なことは良く知られているが)単量体のVP4がトリプシンの作用を受けて2量体に構造変化をとげること、そしてこれがウイルス粒子が膜を貫通することができるようになるステップの(重要な)一段階を規定していることを明らかにしたことである。また、大腸菌で発現させたVP8(のcore部分)とsialoside (2-O-methyl-alpha-N-acetyl neuraminic acid)との結合(要するに血球凝集反応にかかわる反応)状態をX線回折により解析することにより得られたデータから再構成された模型図で説明した。シアル酸と結合する部分が(われわれがPrasadのelectroncryo microscopyに基づく模型図でなれ親しんでいる)VP4スパイクタンパクの頭部であると説明するとともに、VP4の構造が、シアル酸との結合によっても変化しないことを明らかにした。

(7)J. Patton, et al. (NIH)
「Sequence variations in the RRV genome and the impact of host cell line」
NSP1の機能は不明であるが、培養細胞レベルでは不要であることが生体に感染する場合には何らかの機能を果たしていると思われる。腸重積を起こすワクチンとして関心を集めたRRV株のNSP1遺伝子の3‘末端非翻訳領域にあるコンセンサス配列に継代培養中に容易に突然変異が起こり、その結果NSP1を産生できない変異体ができることがわかった。しかもこのような変異はウイルス培養の宿主細胞を(ワクチンのシードを作成した)FRhl-2細胞からMA104に変えることにより促進されるらしい。産生されるウイルスの性質に宿主細胞が影響を与えることを示す初めての例であるが、これが、ウイルスの増殖や病原性にどのように関係するのか不明である。特に、現在このことがRRV株と腸重積とを結びつける直接的な可能性は一切分かっていないが、議論はこの点に集中していた。

(8)J. Patton, et al. (NIH)
「Structure and function of NSP2 and NSP5 in the rotavirus replication cycle」
NSP2とNSP5がロタウイルス複製の細胞質内工場であるviroplasmaの本体をなすことからこの二つのウイルス非構造タンパクの構造と機能を説明する分子モデルを示した。この研究によればNSP2はドーナッツの形をした8量体に自己集合し、この8量体が1本鎖RNAに親和性をもつとともにNTPase活性や核酸のヘリックスを不安定化させる活性を持つという。また、NSP5は自己をリン酸化させる活性をもつが、このリン酸化はNSP2存在下で促進され、NSP2とNSP5が共同して作用していることを示している。さらに、NSP5は感染細胞内で2本鎖RNAを隔絶する働きをもっているようであり、これにより2本鎖RNAによって誘導される宿主応答(インターフェロンやアポトーシスなど)を抑制するものと推定している。

(9)H. Ushijima, et al. (東大)
「Molecular epidemiological study of rotavirus gastroenteritis in Japan from 1996-2000 and gene analysis of rotavirus serotype G9」
G9は最近世界各地で(再)出現しており、今までのヒトロタウイルスの稀有な血清型という扱いからワクチン開発のうえからも無視しえない重要な血清型という位置付けになってきている。本研究はこのようなG9についての興味ある報告であった。
1996年から2000年までのわが国の小児におけるロタウイルス感染状況で地域差がみられた。またG9が1998−2000年に各地域で流行したが、1998−1999のG9は過去に日本でみられたG9に近縁であるももの、1999−2000年のG9は1997年のタイのG9により近縁であった。VP7のアミノ酸の特徴とモノクロ−ナル抗体に対する反応の違いから、G9ロタウイルスに二つあるいは二つ以上のサブタイプが存在することを示した。

(10)H. Greenberg, et al (Stanford University)
「De novo produced rotavirus infectious particles associate with rafts in infected CaCo-2 cells」
ロタウイルスは分極した細胞の管腔に面した細胞表面(基底膜側と反対側)から放出されるが、これは細胞崩壊が起こる以前にも見られる現象であり、そのメカニズムは良く分かっていない。最近glycosphingolipids、 cholesterol、タンパクなどが細胞表面でRAFTSと呼ばれる微小ドメインを形成することが分かってきたが、この研究により、ロタウイルスもRAFTSから放出されることが示された。

(11)H. Greenberg, et al (Stanford University)
「Monitoring gene expression pattern of CaCo-2 cells in response to rotavirus infection using DNA microarrays」
昨年の犬山での日米合同部会でGreenberg博士が話された実験の続編であるが、まだ、はっきりした生物学的意味付けのわかるところまで解釈が進んでいないように見受けられた。しかし、ウイルス感染細胞と非感染細胞のさまざまな遺伝子発現にどのような変化が起こっているのかをグローバルにみるDNA microarray法による解析の長所と今後解決すべき点が具体例を通して理解できたと思われる。たとえば、感染後1時間では感染細胞と非感染細胞でその発現量に2倍以上の違いのある遺伝子は全体(ここでは38,000の遺伝子を対象にしていた)の0.1%であるのに対し、感染後16時間では6.7%に増加していた。転写が亢進していた遺伝子群の中には、ロタウイルス感染にともなって変化することが知られている細胞骨格系のタンパクやカルシウム結合タンパクの遺伝子などがあった。感染後16時間にはインテグリン遺伝子などoverexpressしている遺伝子もある一方、EGFRなど転写が抑制されている遺伝子もあった。

(12)T. Nakagomi, et al (秋田大微生物学)
「The burden of rotavirus infection in adults: raising awareness of the disease it causes」
今までロタウイルスは乳幼児の急性下痢症の主要原因であることが強調される一方、老人になると重症下痢症になる報告例があるものの一般に成人のロタウイルス感染は不顕性感染であることから、ロタウイルスが一般成人に急性下痢症を起こす有意な原因になっているとは考えられていなかった。この研究では、4年間にわた疫学的調査結果に基づきロタウイルスが成人の急性下痢症の約15%に及ぶ原因となっており、病因が決定されたものの中でもっとも高頻度に検出される病原体であるという事実を報告し注目を集めた。


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