【研究成果】本邦におけるCOVID-19新規陽性者数の時系列解析 ~新規陽性者数の定量的予測を目標として~

<研究の概要>

 札幌医科大学医療人育成センター 教養教育研究部門 物理学教室 教授・鷲見紋子は、COVID-19の新規陽性者数を定量的に予測することを目標とし、そのためにまず、本邦におけるCOVID-19新規陽性者数の時系列データにスペクトル解析を実行し、その時間変動構造を詳細に調べました。この研究は、文部科学省科学研究費補助金(基盤研究C、研究課題:新型コロナウイルス感染症の時間的および空間的な流行動態に関する研究、課題番号22K10529)を受けて行われた研究で、その研究成果は2023年9月15日付で国際科学誌 PLoS ONEのオンライン版に掲載されました。
 
Ayako Sumi
Time series analysis of daily reported number of new positive cases of COVID-19 in Japan from January 2020 to February 2023
(本邦において 2020年1月~2023年2月に報告されたCOVID-19日毎新規陽性者数の時系列解析)
PLoS ONE 18(9): e0285237
DOI:  https://doi.org/10.1371/journal.pone.0285237
 
 

<研究のポイント>

・本研究では、2020年1月16日から2023年2月21日の間に報告された本邦におけるCOVID-19新規陽性者数(図1)の時系列解析を行いました。その結果、COVID-19の発症数の時間的変動構造が時々刻々と変化していることがわかりました(図2)。
 
・ここで、主要な周期をプロットすると(図3)、職場でのワクチン接種が始まる2021年4月以前は、流行が3ヶ月周期で起きていますが、導入以後は5.5カ月、6ヶ月と長くなっていることがわかりました。この、予防接種率→高、流行周期→長という関係は、鷲見の過去の研究で麻疹の場合にも観測されており1)、感染症の数理モデルからも予測されています。
 
 
図1 本邦のCOVID-19日毎新規陽性者数の時系列データ(2020年1月~2023年2月)。 左上の挿入図は、2020年1月~2021年6月の拡大図。
図1 本邦のCOVID-19日毎新規陽性者数の時系列データ(2020年1月~2023年2月)。 左上の挿入図は、2020年1月~2021年6月の拡大図。
図2 COVID-19データ(図1)から得られた3Dスペクトルアレイ。時間が手前から奥に向かって 進んでいます。データの周期構造が時々刻々と変化していることが見て取れます。
図2 COVID-19データ(図1)から得られた3Dスペクトルアレイ。時間が手前から奥に向かって 進んでいます。データの周期構造が時々刻々と変化していることが見て取れます。
図3 図2で観測されるパワー値の大きいスペクトルピーク周波数の時間変動。3つの赤い破線の位置が、 ワクチン導入前は3か月、導入後は5.5カ月、6ヶ月と徐々に長くなっていることがわかります。
図3 図2で観測されるパワー値の大きいスペクトルピーク周波数の時間変動。3つの赤い破線の位置が、 ワクチン導入前は3か月、導入後は5.5カ月、6ヶ月と徐々に長くなっていることがわかります。
 ・感染症の数理モデルを使って、パンデミックの背後にあるメカニズムを探ることは、COVID-19新規陽性者数を予測することは可能か否か、予測可能である場合には時間的にどの程度まで予測できるかを知るために重要です。感染症数理モデルで良く知られているSEIRモデルから生成された時系列の場合、そのパワー・スペクトル密度2)は指数特性を持つことが鷲見の過去の研究で明らかになっています1)。一方、今回の研究によって、COVID-19の時系列データのパワー・スペクトル密度も指数特性を持つという結果が得られました(図4)。この結果は、COVID-19の流行変動がSEIRモデルのようなカオス系に基づいている可能性を示しており、これは予測解析を行う上で重要な知見です。
図4 COVID-19データ(図1)から得られたパワー・スペクトル密度。パワー・スペクトル密度(黒い実線)の傾きが、指数スペクトルの傾き (青い実線)に乗っていることがわかります。
図4 COVID-19データ(図1)から得られたパワー・スペクトル密度。パワー・スペクトル密度(黒い実線)の傾きが、指数スペクトルの傾き (青い実線)に乗っていることがわかります。

<研究の背景、実施期間など>

 COVID-19新規陽性者数の時系列データの振舞いから、その発生には様々な要因が絡み合っていると推察されます。特にパワー・スペクトル密度の指数特性は、COVID-19の流行変動が本質的に非線形であることを示しています。しかしながら、時系列データは短く、これまでに広く用いられてきた調和解析に基づく時系列解析法では、変動構造を調べるには限界がありました。鷲見は共同研究グループと共に、この点を克服した解析方法の枠組みを既に構築済みであり、国内外の感染症サーベイランスデータに適用することによって、その性能の検証を既に終えているものです。今回の研究は、この解析方法を2020年1月から2023年2月までのCOVID-19新規陽性者数時系列データに適用したものです。

<研究の意義、これからの可能性、今後への期待、今後の展開など>

 今回の結果を土台にして、今後、次の3点について展開していく予定です。
(1) COVID-19流行変動のカオス特性の検証:COVID-19の流行変動がカオス的であるか否かは、COVID-19の予測解析を行う上できわめて重要です。というのは、カオス系では、ごくわずかな初期値の差に起因する影響が時間とともに拡大し、予測は未来ほど不正確になるからです。
(2) COVID-19流行変動の気象変動(気温・相対湿度・雨量)および人口密度との相関関係の測定:他国の場合に相関関係があるという研究結果が、他の研究者によって報告されています。そこで、本邦の場合について、47都道府県別の新規陽性者数時系列データを用いて調べます。
(3) 予測解析:時系列解析の結果に基づいて予測解析を実行し、COVID-19新規陽性者数の未来の予測値をどこまで定量的に示すことができるかを検証します。
 
脚注
1) 参考文献 「時間感染症学」 鷲見紋子、大友詔雄著、小林宣道監修、北海道大学出版会、2020年。
2) パワー・スペクトル密度:時系列にどのような周期の成分が、どれくらいの強さで入っているかを表したもの。
 

<本件に関するお問い合わせ先>

所属・職・氏名:札幌医科大学 医療人育成センター 教養教育研究部門 物理学教室・教授・鷲見紋子
TEL:011-611-2111 (内線26000)           
E-メール:sumi☆sapmed.ac.jp(☆を@に変えてください)
 

発行日:

情報発信元
  • 札幌医科大学医療人育成センター 教養教育研究部門 物理学教室