研究紹介

特発性肺線維症の研究

研究の背景

特発性肺線維症は、比較的緩徐ながら非可逆的に線維化、呼吸不全が進行する原因不明の難病です(図1)。最終的には呼吸(換気)に必要な肺胞領域の既存構築が破壊され、病的な拡張した気道で置換される、いわゆる蜂窩肺となることが知られています。線維化の進行は異時性、多発性に肺内に“線維芽細胞巣”が形成されることにあると考えられており(図2)、新たな線維芽細胞巣の形成を抑制できれば特発性肺線維症の進行を制御できると考えられます。よってその由来を探索することは決定的に重要ですが、現時点で線維芽細胞巣の由来の有力な候補だけでもresident fibroblast(肺局所の線維芽細胞)、骨髄由来細胞、上皮間葉移行した肺胞上皮の3つが知られており決着がついていません。また、線維芽細胞巣は最大径 1 mm未満のごく小さな病変であるにもかかわらず、どのような機序で肺の既存構築を破壊するのかも明らかではありません。本研究では、1)線維芽細胞巣の由来と2)形成された線維芽細胞巣が如何に肺の既存構築を改変するのか、の2点に焦点をあて探索しました。

図1
図2

研究紹介

図3ではある特発性肺線維症の患者さんの肺組織を提示しています。線維芽細胞巣は細胞外器質が豊富でありalcian-blue染色で染まりますが(図3a)、その表層を覆う上皮はcytokeratin 7 (CK7)、thyroid transcription factor-1 (TTF-1) を発現しており肺胞上皮と考えられます(図3b)。ただし、その上皮は通常の2型肺胞上皮と比較すると平坦化していること、および代表的な間葉系マーカーvimentin (VIM)を発現している細胞も存在するため、不完全ながら上皮間葉移行 (epithelial to mesenchymal transition, EMT) を生じていると推察されます(図3b)。肺胞領域では換気が行われるため、生理的状態では肺胞上皮と毛細血管は密着していますが(図4a)、線維芽細胞巣はCD34陽性の毛細血管と胞隔に豊富に存在する弾性線維を下方に圧排し、結果として肺胞上皮と毛細結果を解離させます(図4b)。既述のように肺胞上皮と毛細血管は生理的には密着している(=その間隙には何もない)ことと線維芽細胞巣直上の上皮はpartial EMTを起こしていることを考慮すると、線維芽細胞巣を構成する線維芽細胞は直上のEMT化した肺胞上皮由来としても矛盾しないと考えられます。

図3
図4

組織学的に線維芽細胞巣がEMTを起こした肺胞上皮に由来する可能性が示唆されましたが、正常な肺胞上皮がどの程度、動的に表現型を変化させうるかを検証するため、我々は正常末梢肺上皮の培養系を確立しました。HuL4-6細胞と名付けた細胞は、肺癌の治療として肺葉切除を受けた3人の患者さんの正常肺組織に由来していますが、いずれも2つの代表的な2型肺胞上皮マーカーであるTTF-1とnapsin Aを発現しており(図5)、2型肺胞上皮由来と考えられます。HuL細胞は TGF-β1(EMTを誘導する分子)を投与すると紡錘形(間葉系細胞様)となり、TGF-β signalingを遮断するためTGF-β receptor阻害薬 EW-7197を投与すると敷石状(上皮系細胞様)となるなど動的に形態を変化させます(図6)。この形態変化は投薬後、72時間で認められており比較的短時間で表現型を変化させることが分かります。図7ではTGF-β signalingが流れている(リン酸化SMAD2が陽性となっている)際には間葉マーカーvimentinの発現量が多く、肺胞上皮マーカーTTF-1と上皮マーカーE-cadherinの発現は乏しいこと、逆にTGF-β signalingが遮断されている(リン酸化SMAD2陰性)場合はvimentinの発現量は低下し、TTF-1, E-cadherinの発現が誘導されていることが分かります。以上の結果は、正常肺胞上皮は動的に表現型を変化させうることを明確に示しており、上記した線維芽細胞巣の組織学的特徴と併せ、線維芽細胞巣がEMT化した肺胞上皮由来としても矛盾はしないことを示唆しています。

図5
図6
図7

さらに我々は線維芽細胞巣の直上からは肺胞隔壁が分岐していないに気付きました(図2、3、8)。本来ですと当然、胞隔の分岐があるはずのところにも胞隔の分岐はなく、線維芽細胞巣の上部(上皮側)は基本的に平坦です。図4bに示した通り、線維芽細胞巣の内部にはCD34陽性の毛細血管は殆ど存在していません。このため線維芽細胞巣が一旦、形成されると元来存在していた肺胞隔壁への(からの)血流が遮断されてしまい、結果としてその胞隔は脱落し線維芽細胞巣直上はつねに平坦化すると推定しています(図8)。線維芽細胞巣が血流を遮断することにより既存の胞隔を脱落させることが、特発性肺線維症における既存構築改変の第一歩と考えられますし、新たな線維芽細胞巣の形成を抑制することが特発性肺線維症の革新的治療法となりうることを示しています。

図8