魚眼図~南の空~(3月29日北海道新聞夕刊掲載)

魚眼図 ~南の空~ 藤宮峯子教授(解剖学第二講座)のコラムが、3月29日北海道新聞に掲載されました

北海道新聞掲載記事
北海道新聞夕刊「魚眼図」に掲載された解剖学第二講座・藤宮峯子教授のコラムを毎月ご紹介しています。

2011/03/29, 北海道新聞夕刊全道, 5ページ

~南の空~

 南の空から今も、犠牲になった人々の叫びと嘆きと苦しみが黒い塊になって湧き上がってくるのを感じる。大震災の日から今日まで、毎日この黒い塊が流れている。犠牲になった人々の悲しいうめき声が日本中を覆っているように感じる。

 ああ、一体どうして、罪のない人々の上に果てしなき苦悩が降りかかったのだろう。日本有数の美しい海岸で、まじめにつましく生きていた人々。老人たちは戦争を生き抜き、昭和を背負って、自分にできることを日々果たしながら生きていただろう。漁師たちは赤銅色にほおを輝かせて、海原を眺めていただろう。主婦たちはきまじめに家庭を守りながら、学校帰りの子供を待っていただろう。子供たちは、自分のふるさとを愛しながら、教室で夢を描いていただろう。

 北国の長い冬が終わって、やっと待ちわびた春が来ようという3月11日。一瞬にして、人々の美しい日常が破壊されてしまった。美しい海岸が消えうせ、人々が辛抱強く積み上げ、紡いできた命の糸がぷっつりと切れてしまった。

 瓦礫(がれき)の中にたとえ死体が埋もれて、誰も見つけてくれなくても、大海原の深みに沈んでいても、もうそこには苦しむ魂はないと思う。魂は春風になって天を舞い、うす緑色の小さい花になるだろう。太陽の光の粒になるかもしれない。

 幾万もの魂よ。どうか、生き残った家族の胸の中で、希望を失うなと叫んでおくれ。亡くなった人の分まで幸せになれと、力を与えておくれ。そして、日本中の人々に、今を必死で生きよ、全力を尽くせと教えておくれ。

 きっと、あなた方の犠牲を私たちは無駄にはしないだろう。

(藤宮峯子・札幌医科大教授=解剖学)

北海道新聞社許諾D1007-1101-00006651

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