當瀬細胞生理学講座教授の新コラム「真健康論」第6回

當瀬細胞生理学講座教授の毎日新聞連載コラム「真健康論」第6回「のんびり散歩」の効用(8月28日毎日新聞掲載)

真健康論:第6回「のんびり散歩」の効用=當瀬規嗣(札幌医科大学医学部細胞生理学講座教授)

 最近は、健康法の一つとして「ウオーキング」が定着したようです。休日の朝など、ヘッドホンをして一心不乱に歩いている人の姿をよく見かけます。走るほど体の負担にはならず、しかも運動不足を解消する方法としては確かに効果的でしょう。

 歩くことは昔から健康法として使われています。つまり「散歩」です。ウオーキングと違って、ゆったりとしたペースで歩く。時には立ち止まったり、道ばたの草花をめでながら、近所や公園などを歩く。机につきっきりで仕事をするような文筆家や芸術家らは特に散歩を愛していたようです。つまり、散歩には、単に体のためだけでなく、気分転換という精神的な効用があるのです。

 ところで、散歩でも、ウオーキングでも、歩きながら別なことをしていることに気付いたことはありませんか。そう、人は「歩こう」と考えなくても歩くことができるのです。動物の研究から、歩くパターンやリズムを作る仕組みは大脳ではなく、脊髄(せきずい)にあることが分かっています。そして、歩くか立ち止まるかを決めるのは、脳幹という場所にある神経細胞が担っています。ものを考えるのは大脳の働きですから、歩く仕組みと、考える仕組みは別のものなのです。

 そのため、人は「歩こう」と決心すれば、あとは自動的に足が動きます。すると、歩きながらいろいろな思索をすることや周りの景色をめでることが可能になります。また、歩くことで生じる体の振動が、一定のリズムで体を揺らします。これが脳にリズム感を与え、その中で思索に集中する効果が生まれるようです。

 古今東西、著名な哲学者の多くは歩きながら思索にふけったと聞きます。アリストテレスは弟子と歩きながら議論したそうで、逍遥(しょうよう)学派と呼ばれています。京都には「哲学の道」があります。脳の健康には散歩がお勧めなのです。

 私のご近所で見かけるウオーキングはもっと歩くことに専念しているように見えます。もちろん、歩くことに専念して汗を流すのは、運動不足の解消に良いことです。でも、のんびりと散歩するのも捨てたものではありません。ただし、思索に集中しすぎると、何かにぶつかったり、足を取られたりして危ないので、何事もほどほどがよろしいようです。(とうせ・のりつぐ=札幌医科大教授)

毎日新聞 2011年8月28日 東京朝刊(毎日新聞社許諾)

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