研究会の概要

2012年8月、札幌医科大学の旗手俊彦と船木祝が中心となり、北海道において「北海道生命倫理研究会」が発足、第1回研究会が開催された。会発足の目的は、アメリカで患者の権利を守るために成立してから半世紀余りが経った生命倫理を検証し、今後の生命倫理のあり方を問うということである。アメリカ流の生命倫理は「自己決定」を基軸におき、ヨーロッパ、アジア、そして世界に広がりをみせ、大きな影響力をもった。しかし近年、その進展とともに、意識不明の患者や認知症患者への対応など、おさまりきらない問題も浮かび上がってきた。新出生前診断、遺伝子診断など先端科学技術のさらなる進展と高度化により、新たな生命倫理問題への対処の方策も問われている。また、本研究会は、北海道の地で立ち上げられたという性格上、地域医療のさまざまな問題に対応していくという志もある。さらに、昨今、研究不正に関して大きく取り沙汰されている、研究倫理の問題を検討する機会をもつことも目指している。
研究会主催のセミナーは夏季と冬季の年2回開催され、機関誌は原則年1回発行している。2012年度は、夏季セミナーでの講演:粟屋剛「生命倫理とは何か―文明論的生命倫理の試み―」において、「生命科学・先端医療テクノロジー」をコントロールすべき文明の方向性が問われた。冬季セミナーでの講演:丸山英二「臨床研究に関する倫理指針改正に関して〜疫学研究倫理指針改正と合わせて」は、札幌医科大学付属病院の倫理研修会としての役割を果たした。機関誌創刊号における論稿:船木祝「自律とパターナリズムの狭間にある生命・医療倫理学」は、欧州連合における「バルセロナ宣言」(1998年)に見られる、「傷つきやすさ」を基軸におく関係主義の生命倫理の観点から、自律とパターナリズムの問題を考察したものである。2013年度からは、文部科学省科学研究費助成事業基盤研究(C)Nr.25500008により、北海道の独居高齢者のインタビュー調査研究の報告もされている。夏季セミナーでの講演:長島隆「地域医療」において、地域の再建は古き良き共同体に戻ることではなく、新しい段階で行われなくてはならないと提言された。当講演を基に機関誌「北海道生命倫理研究」vol.2 (ISSN 2187-834X)において、長島隆「地域医療とターミナルケア――『介護保険制度』と『地域』」という論稿がまとめられた。当機関誌は、資料:旗手俊彦「終末期医療に関する各種ガイドラインの比較・検討」や、日本生命倫理学会、日本医事法学会、日本医学哲学・倫理学会の各全国大会のレポートなども掲載し、日本の生命倫理研究全体を視野に収めようと試みている。2014年度夏季セミナーでは、講演:小出泰士「フランスにおける終末期の状況―『死の喪失』から『死を生きること』へ―」において、医療化の中で死が奪われた現状に対して、死を自然なプロセスと考え、周囲の者との絆の中で死を取り戻すことの必要性が説かれた。このフランスの終末期医療と、独居高齢者の置かれている状況に関する論稿は「北海道生命倫理研究」vol.3に収められている。今後とも、研究会および機関誌を通して多くの研究者が交流できる場となることを期待している。