Entered: [1998.10.10] Updated: [1998.11.19] E-会報 No. 42(1998年 10月)
研究室紹介

北海道大学・大学院理学研究科・生物科学専攻・生体高分子解析学講座・第2グルー プ
田中 勲


 生体高分子解析学講座は,平成5年度の理学部の大学院重点化に伴なって発足した,教授3名,助教授3名,助手2名の定員から成る大講座です.3名の教授を中心に3つの研究グループが構成されていますが,私達第2グループは,平成7年に高エネルギー研究所から赴任してきた中川敦史助教授と私の2人のスタッフと,多くの学生さんとからなる研究グループです.この9月15日より,蛋白質研究所より,姚閔(ようみん)さんを助手として迎え,研究室のスタッフは3名になりました.また,大学院重点化以来,学生さんの数は年々増加しており,平成10年度には,博士課程3名,修士課程11名,学部4年生6名,総勢20名となりました.まだ,定常状態になっていないようですので,来年はさらに増えそうです.現在は,引地邦男先生の研究室を共有させて頂いておりますので,研究室は本当に手狭になってきていますが,幸い,来年の3月に,現在建築中の理学部5号館に移転することが決まっています.

蛋白質のX線結晶構造解析

 私達のグループは,蛋白質のX線結晶構造解析を研究手段として研究を進めています.ご存知のとおり,この分野は著しい発展を続けており,分子生物学の中でも特に構造生物学という名前で呼ばれる一つの分野を形成するようになっています.欧米では,既に学部に1つずつのX線構造解析の研究室があるとまで言われていますが,残念ながら,日本は,まだそこまでいっていません.私達のグループは,北海道で唯一の蛋白質X線構造解析グループです.イメージングプレート付きの蛋白質結晶回折計も所有していますが,最近はもっぱら,回折データはPhoton Factory,あるいは,SPring8の放射光を利用して測定しています.そして,構造解析はセレノメチオニンを利用した多波長異常分散法で行ないます.こうすることで,結晶さえ得られたら,短期間で確実に構造を決めることができるようになりました.したがって,大学院生は,年に1,2度,つくばかあるいは西播磨にデータ測定に行くことになります.研究室での実験は,そのための準備,つまり,大量発現系の構築と蛋白質の精製,結晶化が主な仕事です.

研究テーマ

 私達の研究テーマは,蛋白質の構造を決定することを中心に設定されています.すべて学内外の研究者との共同研究で行っています.

1.リボソーム蛋白質

 九州大学農学部の木村誠さんとの共同研究です.リボソームは,その分子量の約3分の2をRNAが,残りの3分の1を50数個の蛋白質が占めています.これらの蛋白質は,一つの例外を除いてすべて,リボソームの中に1分子ずつ含まれています.また,そのほとんどがRNA結合蛋白質です.現在までに,15個の蛋白質の構造が決定されています.私達は,最近,「遺伝暗号解読部位」にあるS7の構造と「蛋白質合成部位」にあるL2の構造を相次いで決定しました.大部分のリボソーム蛋白質には,はっきりとした酵素活性がありません.その中で,L2は,ペプチジルトランスフェラーゼ活性を持っているのではないかと疑われてきた蛋白質です.しかし,最近,一般の新聞にも取り上げられたように,23S rRNAだけで ペプチジルトランスフェラーゼ活性を持つことが示されました.これによって,蛋白質合成マシーナリー(リボソーム)が,その産物である蛋白質からできているという見かけ上の矛盾は解決したように見えます.つまり原始の蛋白質は,蛋白質の助けを借りることなく,RNAが作ったという仮説が立てられます.リボソーム蛋白質は,そのような昔に誕生した蛋白質です.太古の痕跡を残しているリボソーム蛋白質の立体構造は,例え,酵素活性を持たないとしても,「十分におもしろい」研究対象です.原子分解能で構造が決定されたリボソーム蛋白質は原子レベルの解像度を持つプローブとして,リボソームの各機能部位の働きを調べるのに使われます.また,リボソーム蛋白質は,核酸構造構築因子としての働きを持っています.近い将来リボソーム全体の原子分解能の構造解析が行なわれた時に,リボソーム蛋白質が,単にRNAの周りに群がっているだけの蛋白質ではなく,積極的にrRNAの構造をつくりあげている蛋白質であることが,きっと証明されるものと思います.

2.原核生物の2成分系シグナル伝達システムに関与する転写因子

 名古屋大学農学部の水野猛さんとの共同研究です.大腸菌などの原核生物は,外界の環境の変化を感知する環境センサー蛋白質と,それからの情報を(燐酸化の形で)受けて最終的なエフェクター分子に伝える応答レギュレーター蛋白質の2成分からなるシグナル伝達システムを備えています.レギュレーター蛋白質の多くは,DNAの発現調節にかかわる転写因子です.対処すべき情報に応じて,転写因子が結合すべきDNA上の箇所は異なっており,もちろん,発現してくるエフェクター蛋白質は全く異なっていますが,しかし,対処すべき情報の違いにもかかわらず,レギュレーター蛋白質は,全体として相同な構造を持っています.すなわち,情報を検知するセンサー部と,最後に発現してくるエフェクター蛋白質は異なるけれども中間の部分については共通なシステムです.大腸菌ゲノムを調べると,実に15種類ものレギュレーター蛋白質が類似した構造をとっていることがわかります.これらの蛋白質は,それぞれが異なる環境情報に対処するように応答レギュレーター分子として設計されています.その中の一つ,浸透圧制御にかかわるOmpR蛋白質は,最も早くから2成分系の研究に使われてきました.その名をとって,これらのレギュレーター蛋白質ファミリーをOmpRファミリーと呼びます.私達は,OmpRを中心に、このシステムのシグナル伝達を構造生物学の立場から研究しています.OmpRは239残基からなる蛋白質で,N末側の半分に燐酸化ドメインをC末側の半分にDNA結合ドメインを持っています.これまでに、私達は,OmpRのDNA結合ドメインの立体構造解析を行ないました.この解析により,OmpRファミリー蛋白質は,共通の疎水性コアを持ち,類似した立体構造とDNA結合様式を持ちながら,ヘリックスターンヘリックスモチーフが変化した柔軟性のあるループ部分でRNAポリメラーゼに対して多様な結合をしていると考えられるようになりました.この多様性は,RNAポリメラーゼとプロモーター相互作用の多様性と密接に関係していると推定されます.この研究は,最終的にRNAポリメラーゼ,プロモーターDNA,転写因子の3元複合体の構造解析を目指しています.

3.ACCデアミネース

 農学部の本間守教授との共同研究です.ACCデアミネースは、植物のホルモンであるエチレンの前駆体物質1-aminocyclopropane-1-carboxylate(ACC)の3員環を開裂的に脱アミノ化することにより,ホルモンの合成を阻害する蛋白質です.この蛋白質をトマトなどで発現させることにより,果実の成熟をコントロールし,収穫をより効率よく行うことができるようになります.ピリドキサール5’燐酸(PLP)を補酵素として持っており,その酵素反応機構にも興味があります.最近,構造を決定しましたが,現在はミュータントを作製して,酵素―基質複合体結晶の構造解析に向けて研究を行っています.

4.サイトカイン類

 医学部の西平順さんとの共同研究では,これまでに,マクロファージ遊走阻止因子,ドーパクローム異性化酵素,カルシウム結合蛋白質MRP8などの構造決定を行いました.

5.その他

 この他にも,いくつかの蛋白質の構造解析を手がけています.構造決定は,すべての研究の基盤です.そのために,結晶化は非常に重要なことです.最近ではあらゆる手段を利用して結晶化が試みられます.宇宙環境の利用はその最たるものです.微少重力下では,溶液の対流が起こらないので,蛋白質の結晶化は拡散律速になります.これは,蛋白質の結晶成長にとって理想的な環境です.したがって,宇宙環境を利用することで,大きな良質の結晶を得ることができる可能性があります.その可能性を求めて,昨年の5月に打ち上げられたスペースシャトルに私たちの蛋白質も搭載され,2週間のフライト期間中に見事に結晶化に成功しました.この実験を通して,宇宙環境での結晶化は確かに地上とは異なることが実感できました.

おわりに

 蛋白質のX線結晶構造解析は,今後,さらに迅速な解析,高分解能の解析,大きな複合体の解析が可能になっていくと思います.わたしたちもこの3点において,世界に負けない研究をして行きたいと考えています.これまで時間がかかり過ぎ,生化学者との歩調を合わせた共同研究ができなかった蛋白質X線結晶学ですが,今後は,もっと有効な共同研究ができるようになると思います.構造解析を通して研究を進めたいサンプルがあれば気軽に声を掛けて下されば幸いです.学科のホームページは,http://polymer.sci.hokudai.ac.jp/index.html にあります.


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編集幹事:伴戸 久徳 hban@abs.agr.hokudai.ac.jp