Entered: [1998.01.19] Updated: [1999.01.23] E-会報 No. 43(1999年 1月)
研究室紹介

札幌医科大学医学部附属癌研究所生化学部門
佐々木 輝捷


 札幌医科大学医学部附属癌研究所生化学部門は,既設の病理学部門と分子生物学部門に加わる部門として昭和56年に浅野朗教授を迎えて発足した.浅野先生が,阪大蛋白研のご出身の教室に転出された後,平成元年から現在の佐々木が研究室を主宰している.現在の職員構成は,教授の佐々木輝捷(てるかつ)に加えて,講師の佐々木洋子(ひろこ)と石埜正穂(いしのまさほ),助手の青砥(あおと)宏,研究技師の鈴木るみ子,および研究補助員1名です.

 現在の研究内容について,次に紹介致します.

1,焦点接着キナーゼ(Focal Adhesion Kinase, FAK)分子族第二の非受容体型タンパク質チロシンキナーゼCAKβ (Cell Adhesion Kinaseβ)の細胞生物学的機能とその活性制御機構に関する研究.私達は,CAKβをcDNAクローン化により同定し,1995年に発表した.CAKβは,私達の論文発表と同時にPYK2の名前で,またその後に,RAFTK,CADTKの名前でも発表されている.CAKβは,全体の分子構築がFAKに似ており,FAKと同様な下流シグナル路を活性化するが,FAKとは異なり焦点接着に集積せず細胞質に細胞骨格に沿って存在する.CAKβのC側領域を人為的に発現すると焦点接着に局在するので,CAKβのC側領域には焦点接着に集積する性質が潜在的に備わっている.CAKβは,細胞分裂終期の中央体にも局在し,また,組織分布を調べた所,神経軸索,繊毛,微絨毛に多かった.私達は,CAKβの細胞生物学的機能を解明するために,CAKβの種々の変異体を作り,それを培養細胞や大腸菌で発現し,発現細胞の性状,発現CAKβの活性や活性化,その細胞内局在性を観察するなど多角的に研究しています.FAKが,細胞の接着依存性増殖や細胞外マトリックス上における細胞移動において重要な分子であることは,かなり明らかになっているので,CAKβの細胞生物学的機能についても,その輪郭を明らかにしたいと思い研究しています.

2,私達は,CAKβに結合するタンパク質としてHic-5を同定した.Hic-5は,細胞老化に伴い発現増加するmRNAとして1994年にクローン化されていたが,私達は,Hic-5が焦点接着に集積しパキシリンに類似したタンパク質であることを明らかにした.パキシリンは,細胞増殖や細胞運動の接触阻止機構において重要な分子である.Hic-5とパキシリンの間には細胞生物学的な機能に違いが想定されるので,その点を研究している.

3,私達は,Src族タンパク質チロシンキナーゼFynのSH3ドメインに結合する新しいタンパク質をcDNAクローン化し,これをEfsと命名して1995年に発表した.Efsは,p130Cas(以下Casと呼びます)分子族に属するアダプタータンパク質であり,Casと同様にN末領域のSH3ドメインに加え,チロシンリン酸化されてCrkのSH2等に対するリガンドになる配列のクラスターと,Src SH2のリガンドになる配列,およびSrc分子族SH3のリガンド配列を持っている.しかし,現在までの研究により,Efs SH3ドメインはCasやHEF1のSH3ドメインとは異なり,FAKやCAKβに対する親和性が低く,Efsをチロシンリン酸化するシグナル路はCasのそれとは異なっていることが明らかになった. Efsの細胞生物学的機能を明らかにすることを目標に研究を進めています.

 これらの研究テーマから明らかなように,私達の研究室は,タンパク質チロシンリン酸化による細胞内シグナル伝達の問題を,私達自身がクローン化により同定したタンパク質,CAKβ,Hic-5およびEfs,を軸に研究しています.講師の佐々木洋子は,cDNAクローン化以来CAKβにかかわっており,講師の石埜は,Efsを発現クローニングにより同定して以来,これを主に研究しています.また,助手の青砥は,CAKβとHic-5の機能を培養細胞にcDNAや精製タンパク質をマイクロインジェクトする手法などを使って研究しており,興味ある知見を得ています.このような一応の研究分担は有りますが,研究室全体のレベルを高めるために,皆で補い合いながら研究を進めています.自分達がクローン化により同定したタンパク質を軸に研究を進めている理由は,国際的に競合の激しいシグナル伝達領域でオリジナリティーのある研究業績を,この札幌の地から出すためには,多少のラグが起こっても,研究の対象について自らがプライオリティーを持つものを研究する必要があると,経験的に判断していることによります.私は,癌研生化学部門に移る前に,イノシトールリン脂質(PIP2) の細胞内シグナル伝達における役割に関する研究の黎明期に加わることが出来ましたが,大学内における種々の制約もあって思うようには研究を発展出来なかった経緯があり,今日,チロシンリン酸化を研究するに至っています.

 医学部学生の教育に関しては,癌研分子生物学部門と半々の分担で基礎II分子医科学を担当しています.札幌医大の場合,最近の卒業生はほぼ全員が臨床医学志向なので,私達のように直接臨床医学に結び付かない基礎研究をしていると,興味を持って研究に加わる卒業生は,殆ど皆無なのが現状ですが,私達の方も無理をして勧誘はしないようにしています.それは,現在では私の学生時代とは違って,臨床医学に於ても分子レベルでの研究が行われていますので,ここの学生が基礎医学を志向しないのであれば,それも仕方ないと考えているからです.卒後2年間の臨床研修制度があり,また,卒業後の収入・生活保証の点でかなりの格差がある現状は,卒業生が基礎医学に進む環境としては不備が多く,強い研究志向無くしては基礎医学に人材は集まりません.しかし,大志を抱き研究に夢を持つ大学院生が在籍していない事は,大学にある一つの研究室として,大変残念な事であると常日頃思っています.医師過剰時代を迎えるか,あるいは,修士課程を設け医学部卒以外の生物系学生に大学院を開放しない限り,大学院生は望めないと考えています.米国,カナダの医学部系生化学教室は,PhDを取る大学院生の研究の場になっている事は,ご存知の通りです.日本の医学部の生化学教室,特に旧帝大以外の大学の医学部生化学教室は,大学院生の問題では同じような事情にある所が多いと思います.医学部生化学の大学院をどのように位置ずけるかは,検討を要する問題です.


 このページの先頭
 この号の目次
[Back] 研究室紹介のページ
 ホームページ
編集幹事:伴戸 久徳 hban@abs.agr.hokudai.ac.jp