Entered: [1999.10.09] Updated: [1999.10.09] E-会報 No. 44(1999年 3月)
研究室紹介

北海道大学免疫科学研究所 生化学部門
菊池九二三


 当研究部門は,昭和44年北海道大学結核研究所に第5番目の部門として新設され,それより昭和63年までの19年間,塩川洋之教授(現北大名誉教授)により主宰されました.その間,昭和49年結核研究所は免疫科学研究所に改組され,生化学部門の研究内容も,結核菌菌体成分の研究から,タンパク質の構造と抗原性との相関に関する研究に移っています.平成元年,塩川教授の後任として菊池が着任し,それ以来,免疫および癌におけるタンパクリン酸化/脱リン酸化の意義について,主として脱リン酸を触媒するプロテインホスファターゼの側から研究を進めています.

 タンパクの脱リン酸は,リン酸化とカプルして,多くの細胞機能の調節に深く係っています.当部門では,セリン・スレオニンホスファターゼ,チロシンホスファターゼ,および2重基質特異性ホスファターゼの3つのプロテインホスファターゼの研究を行っています.研究プロジェクトは以下の3つに分けられます.

1.プロテインホスファターゼの構造・機能・調節: 翻訳後の活性調節の機構,代謝回転,ホロ酵素変換,遺伝子構造,遺伝子マッピング,遺伝子の発現調節,阻害性天然物,増殖・分化における動態

2.プロテインホスファターゼによる免疫の研究: 自己免疫疾患における動態と意義,抗原受容体やサイトカイン受容体を介するホスファターゼ応答と意義,免疫担当細胞の分化・増殖における役割,免疫抑制・アポトーシスにおける応答

3.プロテインホスファターゼによる癌の研究: 肝/肝癌系における悪性形質発現上の意義,発癌過程における動態と意義,調節因子による増殖の制御

 以上の研究を通じて,タンパク脱リン酸調節の新たな可能性を探り,これを用いて免疫病態および癌の制御を図りたいと考えています.

 最近の研究を二,三紹介します.

 免疫の研究では,当初膜型として報告されていたチロシンホスファターゼPTPεについて,膜貫通領域を欠くイソフォームを見いだし,これをPTPεCと命名しました(これに対し,従来のものをPTPεMとした).次いで両者の遺伝子を解析したところ,PTPεCとPTPεMの両者は,ともに共通の遺伝子から転写されること,しかし両者の第1エクソンのみが異なり,これらが互いに異なるプロモーターによって調節支配されることを明らかにしました.これは,プロモーターレベルでひとつの酵素の細胞内分布が調節されることを示す点で興味があります.また,PTPεCは免疫臓器に強く発現していて,とくにIL6などに応答するマクロファージの分化とよく相関して発現することがわかり,現在,その生理的意義と情報伝達の分子機構を解析しています.助手の中村君と大学院生の田沼君が取組んでいます.

 また,HL60細胞をレチノイン酸で刺激して誘導される顆粒球細胞への分化過程で,セリン・スレオニンホスファターゼPP2Aがホロ酵素PP2A0とPP2A1の間で可逆的に型変換することを留学生の朱君が見出しました.その意義は不明ですが,ホスファターゼPP2A分子がヘテロトリマーのホロ酵素でしか存在できないことの意義を考える上で興味ある知見と思います.

 癌研究としては,プロテインホスファターゼの癌性変倚を肝/肝癌で調べています.私達は,もともと,肝癌のグリコゲン代謝変倚の研究をしていました.グリコゲン生合成の律速酵素であるグリコゲン合成酵素活性化酵素が,ホスホリラーゼ不活性化酵素とカラムからの溶出パターンを異にすることをはじめて見出し(1978年),これを分離精製して性状を解析していました.両酵素は,それぞれ,現在のプロテインホスファターゼPP2CおよびPP2Aに相当することがわかっています.これらの研究は,今日のプロテインホスファターゼ研究の源流を成すものと考えています.癌性変倚をみますと,セリン/スレオニンホスファターゼでは,発癌プログレッション過程でPP1αの転写が特異的に上昇し,核局在性PP1αが増量すること,またチロシンホスファターゼでは,PTPδの肝癌特異的な激減を見出しました.2重特異性ホスファターゼでは,MKP-1は原発癌で上昇,移植肝癌で減少し,これに対し,MKP-2は,肝癌特異的に発現し,プログレッションの進行に伴って増加することを明らかにしています.PP1α,PTPδ,MKP-2の変倚は,それぞれ脱分化,増殖抑制の解除,不死化などの癌の悪性形質の発現に寄与する可能性があり,現在さらに調べています.

 当研究部門は,大学院が理学研究科化学専攻に属し,その関係で,天然物化学に関する共同研究がいくつか進められています.市原耿民教授(現北大名誉教授)のところとは,トウトマイシンとその合成中間体や誘導体を用いて,ホスファターゼ阻害とアポトーシス誘導能との関係を調べ,これら2つの生物学的活性の発現には,トウトマイシン分子内の互いに異なる部分構造が関与していることを示しました.また,鈴木稔先生(北大地環研)とは,チルシフェリール23-アセテートが,ホスファターゼPP2A阻害活性とアポトーシス誘導能を有し,これら2つの作用がトウトマイシン同様,同一分子内の互いに異なる部分構造に起因することを明らかにしました.現在,世界中で,いわゆる“ホスファターゼ阻害剤”を用いて,多くの細胞生物学的研究が成されていますが,それらの実験成績が真にホスファターゼ阻害によってもたらされているものか否かは,相当慎重であるべきことを,われわれの成績は示しています. 一昨年の春,助教授の水野佑亮先生が,藤女子大学に教授として転出し,そのあと一年間空席にありました助教授ポストに,島礼博士がFMI研究所(バーゼル)より着任しました.島助教授は,国立がんセンター室長時代からプロテインホスファターゼ研究に携わり,FMIでは,ジョージ トーマス研で翻訳の律速酵素であるS6キナーゼのノックアウトマウスの研究をやってきました.新しい助教授を迎え,私達の研究の方も,これまでの仕事をさらに細胞レベルや動物レベルでの遺伝子調節に範囲を広げつつあります.また新たに,いくつかの新規のホスファターゼ(あるいはそれに関連する)分子を見出し,現在これらの解析を進めています.

 ところで,北海道大学免疫科学研究所は,近く再度改組されることになり,その改組案が現在文部省に提出されています.近い将来,所名を含めた大幅な機構改革が成される予定です.私達の研究部門も,新しい研究所の設置目的に合致した方向へ変革を余儀なくされますが,プロテインホスファターゼを中心にしたこれまでの研究は,今後も続けられるものと考えています.

 以上,北大免疫研生化学部門について,簡単に紹介しました.


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