Entered: [2000.03.13] Updated: [2000.05.16] E-会報 No. 46(1999年 11月)
海外レポート =学会見聞録=

第38回American Society for Cell Biology(ASCB)に出席して
札幌医科大学・医学部・生化学第二
和田 郁夫


 初めてASCBの年会に参加したのは,もう11年前のことになる.その頃,私はモントリオールのMcGill大学でポストドクとして数十ミリCIの32Pにまみれて働いていた.その時の会場はセントルイスで,見るもの聞くもの全てが新鮮でexcitingで,それまで神々しい書物の上でしか知らなかった雲の上の方々が実在し,話もするしトイレにも行くということに驚愕の念を持った覚えがある.その後も,出来るだけASCBには参加するように努めてきたものの,帰国後はこの学会が日本分子生物学学会とほぼ同時期に行われることもあって,隔年が精一杯になってきている.というわけで1年ぶりに参加した細胞生物学会はサンフランシスコのダウンタウンにあるコンベンションセンターで行われ,相も変わらぬにぎわいを見せていた.最初に参加した頃は各都市を循環して行われていたASCBの年会は,この数年,サンフランシスコとワシントンDCの交互で開催されるようになっている.こちらが隔年でしか行かないので,サンフランシスコしか知らないが,やはり(?)参加者は西の方が多いらしい.

 この学会は細胞生物学全体の網羅的な学会であり,4日間,4千を越すポスターと大中小さまざまなシンポジウムと企業の展示からなる.初めて参加した頃には新鮮だったこの形式も今ではすっかり日本の学会で定着してきて,現在では見慣れたスタイルとなった.まだ日本で取り入れられてないものの一つはポスターの"Hot Paper Section"であろうか.これは,本来は(Mol Biol Cellに収録され出版される)abstract集に間に合わないが面白いデータが出たので出したい,という殊勝な人のために設けられたと記憶しているが,最近では自分の研究内容を競争相手に知られることなく学会に参加して情報を集める為に利用されつつあるようである.(このコーナーには日本からの参加が多く,複雑な感じである.)内容はまさに玉石混淆でしかも到着順で分類がなく,部屋の端のほうに置かれているので見るのに労を要するが,時々面白い仕事に出会う.例えば,南極の魚が凍らないのはantifreeze proteinという氷の結晶に結合する蛋白を血中に持つからだが,この分子はトリプシノーゲン遺伝子のシグナル配列と3'未翻訳領域から進化してきたことが示唆されていた.イリノイ大のグループは南極海に住む魚の中には,antifreeze proteinの部分とトリプシノーゲンの部分からなる,おそらく進化的な中間体となるキメラ分子が実際に存在することを見出した.このNatureに最近出た仕事(401,443-4)はもともとこのセクションに報告されていた.またサルモネラ菌が細胞に感染するときには細胞の形態を変化させるが,この菌から放出する蛋白SopEがRacを最初に活性化してmembrane ruffleを起こさせて細胞内への取り込ませ,もう一つの蛋白SptP でRacを不活性化して細胞を元通りにする,という巧みな制御機構があることもこのセクションで報告され,後にNatureに出た(401,293-7).

 このような話は,Gordon conferenceなどの特定領域の会合では聞けない種類のものである.全体を見回して,今回,特に目についたアプローチはいうまでもなく蛍光を発する蛋白GFPを用いて分子を直に見るという手法の展開である.この分子は密にパックされた3次構造を作るので他の分子をつないだ融合蛋白として細胞に発現しても融合自体の影響が少なく,また分子自体に改良が重ねられ明るく安定になったこともあって,強力な方法論としての位置を確立している.この方法論のインパクトは特に分泌系のbiogenesisの分野では大きく,今回もtime -lapse imagingによる細胞内の特定の分子の動きの観察がいくつも報告されていた.現在,この分野で最大の焦点は,既に既知の事実として教科書に書かれ授業でも教えてきた,「細胞内膜輸送は各オルガネラ間での顆粒を介した輸送によって行われる」,というドグマがどの程度一般性を持つのか,ということである.GFPを細胞内を移行する分子につなぐことでその分子を可視化すると,移行の様々なステップで管状の構造物がするすると伸びてきて次のオルガネラにつながる,あるいは伸びた管状構造自体がちぎれて目的地にくっつく,というシーンが高等生物ではしばしば見られる.これは,先のドグマに対する重大なチャレンジであり,膜動態制御の原理に関わる問題である.この解析でも例によって欧米が圧倒的にリードしており,特に先頭を行くNIHのLippincott-Schwartzのグループは,細胞膜蛋白のゴルジ体から細胞膜までの輸送においてかなり長い管状構造体が細胞膜までのキャリアーとして働くことをmovieで示していた.ただしこれが本当にゴルジ体から伸びてきてちぎれたキャリアーなのか,あるいは実は細胞膜まで連続しているがconfocalで見ているため切り取られて独立した構造のように見えるのか,彼女自身シンポジウムで述べたように,現時点では明らかでない.とにかく管状構造体が存在することは確かである.この仕事はほぼ同時期にJ Cell Biolに発表された(143,1485-03).最近我々もこの手法を用いた解析を始めたが,同じ細胞で影響を観察できるので間違えることが少なく,明確な結論を出してくれており,強力な手法である.

 GFPを用いたもう一つの解析法は,一時的に強いレーザー光を当てて細胞内の特定領域のGFP融合分子のみを消光させ,その領域への外からのGFP融合分子の流入を解析するという方法である.これは光照射自体による影響,という本質的な問題は残るものの.これまで全く手が着けられなかった現象,例えば,小胞体内での(ゴルジに向かう)特定領域への新生分子の集合機構という長年の難題についても,この手を用いたアプローチが可能であることがCambridge大のグループにより示されていた.また,GFPには異なる蛍光特性を持つvariantも多く開発されてきたが,多くの低分子の蛍光物質と同様,異なるvariant同士が結合した場合にはenergy transferにより元の蛍光特性が変化するという性質を持つ.それを利用して細胞内での分子間相互作用のtime-lapseの解析が今回いくつか報告され出した.ただし,いずれのデータもまだやや竜頭蛇尾の感がなきにしあらずだが,今後,技術的な開発が進むにつれて代換えのない,貴重な手法となることだろう.それにしても細胞生物学の分野で,技術の国,日本はこのような画期的な手法の開発・利用競争の枠外にいつもおかれてしまう.この分野の研究者として責任を感じ,誠に情けない.

 ところで,最後にこれまで私が行ってきた分野の話を少ししたい.細胞は正しい高次構造をとる蛋白のみを分泌しなければならず,怪しげな構造のもの,不安定なものは出してはならない.さもなければ個体はいろんな病気になってしまう.それを防ぐ機構は主に小胞体に備わっており,品質管理機構と呼ばれる.これはこの5年ほど注目を集めてきた分野で,今回もいくつかおもしろい発見が報告された.最大の発見は,そもそも小胞体の中ではなぜシステインが酸化されてジスルフィド結合を作れるのか,という長年の疑問が,Ero1という一つの蛋白の発見によりほぼ解決されたことである.これまで信じられてきて教科書にも書かれてきた酸化型グルタチオンの小胞体内への選択的な取り込み,という説はどうやら間違いで,Ero1という強力な酸化剤の存在により小胞体の中が細胞質に比べて遙かに酸化的になっているらしい.この発見について,UCSFのWeissmanのグループはミニシンポジウムで講演した.ただ,あいにくこの仕事は既にMol Cellに発表済み(1,171-82)で,論文で未解決の問題,例えばなぜこの分子にはそんなに強い酸化力があるのかといった疑問に答えることはなかったし,彼自身そこには興味ないようだった.そのかわり,彼はDNAチップを用いていわゆるストレス応答に関与する遺伝子群を軒並み解析するとどうなるかというやや予備的なデータを示した.このセクションでは,他にも,小胞体内でmisfoldした分子は選択的に小胞体からくみ出されてプロテアソームで分解される場合があるが,それらががたまる場所"aggreosome"の話や,分子シャペロンcalnexinと基質蛋白との糖鎖を介さない相互作用の話,など盛り沢山の話題があった.

 今回のASCBに限らず,最近特に細胞内膜系のbiogenesisの分野で感じるのは,論文として出したものしか学会には出さない,という傾向である.これはいうまでもなく,2番煎じは意味がない,という熾烈な競争のあおりで,そのため,全く聞いたこともないexcitingな話に巡り会う機会は少なくなってきた.おかげで,学会会場内外でロビー活動に勤しみ情報を集めて回るということの重要性がますます増えてきた.実にお金がかかる時代になってしまったようである.


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