Entered: [2000.04.16] Updated: [2000.05.16] E-会報 No. 47(2000年 4月)
海外レポート =学会見聞録=

第11回国際ウイルス学会(ICV)に参加して
北海道大学・農学研究科・応用生命科学専攻
増田 税


 第11回ICVが1999年8月9日から13日まで,オーストラリアのシドニーで開催された.ICVには毎回参加しているわけではないが,今回はオーストラリアという心地よい言葉の響きに誘われて,農学部の植物ウイルス研究室からは教官3人全員がのこのこと出かけたわけである.日本ではお盆休みの真っ最中で,オーストラリア往復の飛行機も満席状態であった.

 国際学会に参加するとライバルたちがいったいどこまで進んでいるのかついつい気になってしまう.プログラムをもらうやいなやポスターセッションやシンポジウムに細かなチェックをいれるのは私だけではないだろう.自分の専門である植物ウイルスの発表はもちろん動物ウイルスの研究発表にも見落としがないか貪欲になっている自分を発見する.近年,専門雑誌が値上がりして購読をやめたものがたくさんあることやデジタル化が進んで今までぱらぱらめくってみていた論文をインターネットのページで見るようになったことは,自分とは全く無関係の分野に偶然アクセスするチャンスを奪っている.国際学会は研究者たちが直に議論できるメリットだけではなく,居るだけで分野外の新鮮な情報にも触れられる非常に好都合の場所である.特に実験技術や機器の情報については,自分の研究にも使えるのではとずいぶんたくさんのメモをとってきた(日本で見直すとなぜか意味不明のものが多かった).

 さて,ICVで筆者が収集した植物ウイルスや若干の動物ウイルスに関する研究情報をここで詳細に書き連ねても読者の皆さんには退屈なだけであろう.また,研究機器などの情報はどこかのメーカーから謝金でもいただかなければ書く気にならない.留学体験記にあるようなおもしろいエピソードはわずか1週間弱の滞在中に期待できるはずもない.色々と思い悩んだ末,今,植物分子生物学でもっともホットな話題となっているgene silencingについてICVで手に入れた情報をもとに紹介することにする.最近,Cell,Science,Natureといった雑誌に目白押しの研究テーマである.ここで「何だ植物の話か」とすぐに納得しないでいただきたい.動物での研究よりも植物での研究が1歩リードしているまさに植物の研究者にとっては起死回生の話題なのである.植物の研究はこれまで常に動物の研究のコピー・応用によって発展してきたと言っても過言ではない.特にシグナルトランスダクションに関する研究は完全に後塵を拝している(植物にユニークなものもたくさんあるはずなのだが).これは植物の研究者の数が動物の研究者よりも圧倒的に少ないからだと主張するのは負け惜しみだろうか.

 Gene silencingは細胞に侵入してくる外来遺伝子の発現をシャットアウトする機構であり,植物細胞でまず見出された.現在までに植物ウイルスに対する一つの防御機構として機能することが証明されている(したがって植物ウイルス学者が研究をリードしてきた).最近になって,線虫,菌類,昆虫そして原生動物でも同様の現象が発見されるに及んで,生物細胞全般に存在するシステムと考えられるようになってきている.ほ乳類の細胞で発見される日も近いのではなかろうか.余談だが,apoptosis(programed cell death)の研究が動物細胞でいっきに高揚した時期に,免疫システムや発生が存在しない植物には無縁の現象と思われた.しかし,現在までにhypersensitive reactionと呼ばれる病原体に対する植物の反応がapoptosisに酷似しているという報告が数多く出されている.gene silencingの研究がちょうどapoptosisとは反対の順序で進んでいるのかもしれない.

 Gene silencingにもいくつかのタイプがあるようだが,ここではposttranscriptional gene silencing (PTGS)について紹介する(挿入図参照).もともとは,高発現を目指して作出した形質転換植物のtransgeneの発現が逆に完全に抑制されるという現象が観察され,この現象をgene silencingと呼ぶようになった.この時,核での転写は正常に起こり,細胞質に移動した後にtransgeneのmRNAが分解されるものをPTGSと定義した.PTGSを起こしている植物細胞ではtransgeneの核DNAが特異的にメチル化されると報告されている.さて,このtransgeneがウイルスのゲノム遺伝子である時には,その植物体はウイルス抵抗性(あるいは耐性)となる.PTGS誘導には,細胞質でのRNA濃度がある一定のthresh-holdを越える必要があると考えられている.RNAウイルスが細胞内で増殖した場合,そのthresh-holdを越えるだろうと予想され,この時に誘導されたPTGSによって,ウイルスRNAは分解される.いったいどういう分子レベルでのメカニズムが働いているのだろうか.この疑問についても,わずかここ2,3年で多くの証拠が得られている.transgeneからのmRNAの転写量が多い場合,何らかのシステム(RNA依存RNA polymerase: RdRP?)によってdsRNAが形成され,あるいは長さの短い異常なRNA (abRNA)が合成され,これらがシグナルとなって師部を通り全身に移行する.シグナルはガイドタンパクやレセプターなどの特異的なシステムを介して核の中に移行し,ターゲットDNAをメチル化すると考えられている.このメチル化遺伝子からの転写産物もまabRNAとなり,これがcomplementarityのあるRNAにhybridizeして部分的なdsRNAを形成する.最終的にそのターゲットRNAはdsRNA特異的RNaseによって分解される.それではtransgeneを持っていない植物にウイルスを感染させた場合,PTGSは誘導されるのか.cross protectionと呼ばれる現象がある.あらかじめ,病原力の弱いウイルスを接種しておき,後から病原力の強いウイルスを接種しても病気を起こさないという現象で,動物の免疫システムに似ている(言うまでもなく植物には免疫システムは存在しない).実は,このcrossprotectionをPTGSで説明することができる.すなわち,植物ウイルスが感染すると宿主のRdRPの発現を誘導する.これが,ウイルスRNAを鋳型にして多くのabRNAを合成し,ウイルスRNAに結合して分解する(あるいはdsRNA特異的RNaseが分解する).この場合,核DNA上にはウイルス配列は存在しないのでシグナルを介したメチル化は起きないのである.

 最後に,植物ウイルスの研究者がこのPTGSに関して実に興味深い現象を発見していることを述べておきたい.実は植物ウイルスの中にこのPTGSを抑制するための遺伝子(PTGS suppressor)をあえてコードしているものが存在するのである.PotyvirusのHC-Proやcucumber mosaic virusの2bタンパクなどがそれである(HC-Proと2bとの間にはhomologyはない).PTGS suppressorは,ウイルスと宿主の長い攻防の歴史の中でウイルスが巧みに獲得したものであろう.

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Chikara Masuta
Plant Virology Lab.
Faculty of Agriculture
Hokkaido University
kita-ku, kita 9, nishi 9
Sapporo 060-8589, Japan
Phone & FAX:81-11-706-2483
masuta@res.agr.hokudai.ac.jp


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