Entered: [2000.04.16] Updated: [2002.04.18] E-会報 No. 51(2002年4月)


海外レポート =留学体験記=

ハイデルベルグより 

田中 敏
       
(Division of Molecular Immunology
          Tumor Immunology Program
          Deutsches Krebsforschungzentrum (DKFZ)
          Im Neuenheimer Feld 280,
          D-69120 Heidelberg Germany
          e-mail: s.tanaka@dkfz-heidelberg.de)



 

 私がドイツ、ハイデルベルグでの留学生活を始めてから来てからはや二年以上が経ってしまいました。このたび留学記を書く機会を与えられたのに際し、私が留学生活で感じたことを思いつくままに書いてみたいと思います。

仕事の環境について
 ここハイデルベルグ( Heidelberg) はフランクフルトから南へ100kmほど離れた、ドイツ中部にある人口約15万人の比較的小さい町です。ドイツの中では比較的気候の温暖な地で、真冬でも気温が氷点下になることは少なく、雪は年に数回降る程度です。山と緑に囲まれた、自然の豊かな町で、秋には山々が紅葉するのが見られる、風光明媚な町です。日本人にとってはハイデルベルグ城で有名な観光地で、観光シーズンにはたくさんの日本人旅行者を街で見かけます。
 ドイツ人にとっては大学の町として有名で、ドイツ最古の大学、ハイデルベルグ大学を中心としてその他、Max Planck医学研究所やEuropean Molecular Biology Laboratory( EMBL ) などいくつかの研究所があり、現在私が所属しているドイツ癌研究センター( Deutsches Krebsforschungszentrum: DKFZ)も、大学とは別の国立研究機関の一つです。臨床部門は殆どなく、ほぼ純粋の基礎的研究施設のみの構成となっております。建物内部には研究室、実験室のほか、かなり大きな動物実験施設も備えられており、またすぐ隣にDKFZ付属のウイルス研究施設( Applied Tumor Virology Program; ATV) があります。DKFZ内では研究分野は大きく8分野に分けられ、合計約50もの講座で日夜研究が続けられております。
 私はDKFZの7階にある、親日家で気さくな人柄のG殤ter H確merling教授の主宰する分子免疫学講座に所属しております。7階には免疫学の講座が4つ集まっており、他のラボの一つにはアポトーシスの研究で有名なP. Krammerがおります。フロア内での教室間の交流は活発で、頻繁にセミナーが開かれております。また、7階のメンバー全員参加の日帰り旅行や、サッカー大会が開かれたり、毎年一つの教室が主催する、かなり手の込んだクリスマスパーティーがあるなど、他には見られないような、妙にまとまりのあるフロアです。
 当教室の構成は教授以下、研究員、留学生、博士課程学生などの研究要員は合わせて25名ほどで、その他に15名ほどのテクニシャンなどが在籍しております。この構成はDKFZの他の教室に比べかなり大きい方です。現在、留学生は日本からは私も含めて2名、ほかはスペインから1人、アイルランド1人、インドから2名となっており、他はほぼ全てドイツ人です。ちなみに、DKFZ全部を見渡しても日本人は4〜5人ほどで、こちらの人はアジア人といえば中国人を真っ先に考えるようです。
 当教室ではantigen presenting pathwayの解析やimmune toleranceの誘導、調節、その他、腫瘍免疫に関することを中心に活発な研究が行われております。すでにいくつものKnockout miceやTransgenic mice を所有しており、 それらを用いた実験系でのアプローチがなされています。私は現在antigen presenting pathwayの解析のためのKnockout miceの作製、樹立に取り組んでいます。近年、細胞・組織特異的に特定の遺伝子をノックアウトするConditional Knockout miceが盛んに樹立、報告されており、私もCre-loxPシステムを応用した、Conditional Knockoutに挑戦しているところであります。
 研究員の数に比してテクニシャンの数が比較的多く、しかも優秀な人たちで、かなり技術的に複雑な実験もテクニシャンがこなしており、研究を進める上での大きな戦力となっております。私もここにきた当初はあるテクニシャンと一緒に実験というか、ほとんどその人の言うがままに手を動かしておりました。Knockout miceの作製に関しても経験豊かな人がおり、困ったときにいろいろ頼りになっております。
 教室内では日常会話はドイツ語、もしくは英語ですが、セミナーは全て英語で行われております。この点からもドイツの研究者の人々は英語に接する機会が多いと感じます。そのせいか、ここにいる人たちは大部分が英語が上手で、英語さえ出来れば会話には不自由しません。しかし、街中に出るととたんにドイツ語しか通じない環境になり(銀行、旅行会社などは英語も通じますが)、いまだに不自由を感じております(もうその不自由さに慣れてしまいましたが)。なお、ハイデルベルグはフランスとの国境に近く、気軽にフランスへも行けるのですが、フランスに一歩入ると当然のことながらフランス語の世界で、もう何を言っているのか、何が書いてあるのか全く判りません。こんな時、まだドイツ語のほうがましであると少し安心します。

生活について
 ドイツはヨーロッパの中では比較的食べ物が美味しいところだと聞いてきました。確かにビールは最高に美味いです。それぞれの町で地ビールが作られており、しかも500mlで日本円にして50〜60円程度、日本に帰ったらビールに高い金を払うのがバカらしくなるのではないかと思います。ハム・ソーセージや、乳製品の類も種類が豊富、しかも安くて美味しいものが多いです。しかし、食生活はやはり日本のほうがはるかに恵まれていると思います。食べ物の種類が少なく、自然と似たような食事のメニューになってきます。そろそろ飽きてきたところです。ただ、素材そのものは美味しく、特に野菜は日本より美味しいみたいです。それと冷凍食品の種類は割と多く、味も結構いけます。どうやら、ドイツの主婦はあまり込み入った料理をせずに、そのような半調理品を活用して普段の食事を作っているみたいです。それを反映してか、台所が日本に比べると狭く、使い勝手が悪いようです。魚を食べる習慣があまりなく、生の魚はまずハイデルベルグでは手に入りません。魚は冷凍で売っているのをフライにして食べる場合が殆どのようです。刺身は当然ながら食べません。ハイデルベルグはやはり田舎町なので、日本の食材は手に入りにくく、それが欲しいときは仕方なくフランクフルトまで買出しに行く羽目になります。
 ドイツでの買い物は日本と事情が異なります。ヨーロッパではよくあることですが、まず日曜日は全く店が開いていません。平日は午後8時、土曜日も午後4時で全ての店が閉まってしまいます(レストラン等はその限りではありません)。それはいわゆる閉店法に定められた規制によります。日本のような24時間営業、年中無休はありえません。日本では多少夜遅くなってもコンビニに行けば食べ物が手に入りますが、ドイツではそうはいかないので、土曜日にまとめ買いか、平日の夕方に買い物を済ませなければなりません。仕事が忙しい時期にはこれが結構こたえます。こういう意味では日本のほうが仕事をしやすい環境のようです。特に私のように単身での生活には日本のコンビニの便利さが懐かしく感じられます。
 物価は明らかに日本よりも安く、大体半分くらいの生活費で足りてしまいます。ただ、ハイデルベルグ特有の事情として、住居費用が他の町に比べてかかります。ドイツ人にとってハイデルベルグに住むことは一種のステータスであるらしく、不動産価格が他の町に比べて高いそうです。特に哲学者の道(ガイドブックに必ず載っている観光地)の近辺は一番高いらしく、田舎にもかかわらず日本円で億を越えるものもあるそうです。それに引きずられてか賃貸の物件も高く、しかも数も少ない。同僚の一人は単身用のアパートを探したのですが、予算内では見つからず、とうとう隣町に部屋を借りてしまいました。

娯楽について
 日本にあるような、パチンコやカラオケのような娯楽施設はドイツでは殆どありません。では何をしているかというと、仕事が終わったあとや休日には散歩やハイキング、サイクリングをしている人をよく見かけます。日本に比べて明らかに多いです。また街のあちこちにスポーツジムがあります。普段からそのように体を動かすことにより、健康に気を使っているようです。またお祭りが頻繁に開かれており、秋には町ごとのワイン祭りやビール祭り、クリスマス前にはクリスマス市が出て、たくさんの人々が集まります。またドイツ人は旅行好きで有名らしく、街のいたるところに旅行会社があり、2〜3週間休暇をとって旅先でのんびりするのが多いようです。ドイツでは年間6週間の休暇が認められており、それを全て消化するのが普通のようです。休暇の取りやすさの点ではドイツのほうがはるかに恵まれています。彼らが言うには、長年の努力の結果勝ち取った権利であるとの事。休暇を取る時期は各自ばらばらですが、夏に取る場合が多いようです。

 以上、とりとめもなく書いてしまいましたが、ドイツの風景を眺めていると私が子供の頃の日本の田舎を思い出します。人々が素朴で親切な人が多く、少し時間がゆっくり流れていて、その分少し不便なところがある、といったところでしょうか。環境保護に少しうるさくごみの分別が面倒ではありますが、住みやすいところだと思います。あと少し、見聞を深めつつ少し不便な生活を楽しみたいと思います。

 


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