Entered: [2000.04.16] Updated: [2002.04.18] E-会報 No. 51(2002年 4月)


研究室紹介

北海道大学大学院薬学研究科・ゲノム機能学講座・神経科学分野
鈴木利治



[ご挨拶]
 
私たちの神経科学分野は、前任の栗原堅三先生(旧薬剤学教室)が退官されてから、2年近くたった2001年春に、私が着任して新しく再出発を致しました。助教授の松岡一郎先生、柏柳誠先生と一緒に新たな研究室を運営しております。また助手の庄司隆行先生は、4月より東海大学海洋学部へ、ご栄転されます。今まで、北海道には公私において全く縁が無かった私ですが、この地で自分の研究を一層発展させたいと願っております。どうぞよろしくお願い申し上げます。

[自己紹介]
 
私の専門は、アルツハイマー病に関連した生化学・分子生物学・細胞生物学です。神経病態に関連した領域を扱っておりますので、HAMBの会員の皆様にはなじみのうすい学問かと思いますが、私自身は大学院修了後から分子生物学会を活躍の場と致してまいりました。その背景となる自己紹介を簡単にさせていただきます。私は名古屋大学の大学院理学研究科を修了した後、岡崎市にある基礎生物学研究所の鈴木義昭教授の研究室で助手を務めました。昔から分子生物学を専攻されていた方は、鈴木義昭先生をよくご存じかと思いますが、カーネギー研究所でクローニング技術が普及する前にカイコ絹糸腺からフィブロイン、セリシン遺伝子を単離し、TATA boxの発見(鈴木先生は当時のスタッフ辻本賀英博士(現、大阪大学教授)との共同発見として Tsuzuki boxと名付けたそうですが、Hogness box と共に名前は消えてしまいました)等で活躍され、基生研に移られてからは組織特異的遺伝子発現制御機構の解明で大活躍をされ、日本分子生物学会の設立にも貢献されました。私は、鈴木義昭先生の研究への貢献度は高くないのですが、分子生物学の薫陶を受け、先任の助手であった滝谷重治先生(現、北大先端研)と共に基生研で、転写制御の仕事に従事致しました。1990年春に神経科学分野への研究を志し、神経系の情報伝達機構を行っているPaul Greengard 教授の研究室(米国、ロックフェラー大学)に留学いたしました。当初は神経伝達物質の放出機構の研究を行う予定でしたが、Greengard教授がアルツハイマー病関連の巨大グラントを獲得したために、そちらの研究に従事することになり、現在の研究の方向性が決まってしまいました。 Greengard教授が20世紀最後のノーベル医学・生理学賞を受賞した事は、身近な研究者の受賞と言うことで大変に嬉しく思い、また勇気づけられました。1994年秋に帰国、東大薬学部を経て、昨年北大に着任いたしましたのは前述したとおりです。

[研究の紹介]
 現在の神経科学分野は、私の他に前述した3名の先生方が、それぞれ独自性の高い研究に従事しています。皆、北大で長く活躍されてきたので、HAMBの会員の皆様は研究内容をご存じかと思います。松岡先生は、神経栄養因子の機能解析を行っており、その作用機構を下流の遺伝子を単離し解析する方向から研究を展開しており、神経再生にも取り組んでいます。柏柳先生は、哺乳類のフェロモン情報伝達に関する電気生理学的な研究で新境地を切り開いています。4月に転出する庄司先生は、サケの母川回帰の仕組みを匂い情報から解析する仕事に取り組んでおり、海洋学部に転出後は、まさに水を得たサケのごとく元気に活躍されることと期待しております。
私は、東大の大学院生3人とテクニシャン1名と共に着任し、アルツハイマー関連の研究の継続を行っております。当初、東大から移管した機器類が収まり入きらないのには閉口致しましたが、研究室の改装を行い、機器の一部は処分して研究を再開致しました。研究内容を一口で申し上げると「アルツハイマー病の発病の主原因と考えられているβ-アミロイド生成の分子機構の解明」および、アルツハイマー病関連遺伝子・タンパク質の代謝・機能解析」と言うことになります。この他に研究の副産物として得られてきた成果に着目して、神経発生や成体神経新生、神経細胞におけるタンパク質輸送機構などの研究にも取り組んでおりますが、これらの研究はまだまだ緒についたばかりです。
少し具体的に研究内容をご紹介いたします。

1. 家族性遺伝子変異に依存しないβ-アミロイドの生成機構の解明
 アルツハイマー病の発病原因は、癌などと同じように様々であると考えられる。しかしながら、有力視されている原因の1つが、β-アミロイドの産生・分泌・凝集・蓄積であるとされている(アミロイド仮説)。アルツハイマー病の原因遺伝子としてきちんと同定されているのは、β-アミロイド前駆体タンパク質(APP)およびプレセニリン遺伝子である。これらの遺伝子変異は、いずれもβ-アミロイドの産生(APP遺伝子の変異の場所によっては凝集)を促進する。しかしながら、原因遺伝子の変異による患者(家族性アルツハイマー病患者)は極めて少数であり、多くは弧発性の患者である。そこで、家族性遺伝子変異に依存しないで、APPからβ-アミロイドが生成される細胞内代謝機構の解明が重要な課題となっている。具体的には、一回膜貫通型の膜タンパク質APPの細胞質ドメインの機能に注目して、APPの機能・代謝に果たす役割の解析に取り組んでいる。APPは細胞内分泌過程で、アミロイド生成的代謝及びアミロイド非生成的代謝を受けるが、そのバランスがアミロイド生成的代謝に傾いたときに、β-アミロイドの生成が増加し、最終的には神経変性を引き起こすと理解されている。APPの細胞内ドメインと相互作用し、細胞内代謝経路の選択に係わる因子の単離・作用機構の解明に取り組んでいる。

2. APPやAPPと細胞内相互作用ネットワークを形成しているタンパク質群の機能解析。
 APPはβ-アミロイドの前駆体として見いだされたタンパク質であり、その生理機能は未解明な点が多いが、細胞膜受容体様の構造を持っていることから、細胞外情報の細胞内への伝達などの生理機能を持っていると考えられる。APPは神経細胞・非神経細胞を問わずに広範に発現している。そこで、APPの神経特異的な機能(または、代謝)を解明するために、2つの点に着目して研究を進めている。1つは、APP細胞質ドメインが、神経細胞でだけ、恒常的にリン酸化修飾をうけていること、2つ目は、神経特異的なタンパク質群がAPPと相互作用を行っていること。
 APPのリン酸化は、本研究室で独自に進めてきた研究であり、神経の高次機能の発現に関与している成果が得られつつある。また、リン酸化により、APP細胞質ドメインの構造変換が引き起こされ、ある種の結合タンパク質は、リン酸化によりAPPから解離することが明らかになった。その結果、βアミロイドの生成を含むAPP代謝が変化する。
 APPに結合する神経特異的タンパク質として単離された因子にX11Lがある。APPはアダプター分子であるX11Lを介して、複雑なタンパク質相互作用ネットワークを形成しており、このタンパク質相互作用が、APPの細胞内輸送・代謝を制御している知見が得られている。
患者脳における、このネットワーク構成因子の異常を解析している。

3. 新規に単離した遺伝子群の機能解析
 2のAPP/X11Lを中心としたタンパク質相互作用ネットワークの構成因子として、新規に見いだしたタンパク質の中には、APPの代謝や機能制御以外の機能を持つと予想される分子がある。これらのいくつかは、成体神経新生や、記憶形成に関与する事を示すデータが得られつつ、今後の方向性として、より脳高次機能に関連した研究の展開を目指している。そのために、2で述べたAPPリン酸化サイトをノックインした変異マウスや、新規遺伝子をノックアウトした変異マウスを作成し、現在解析に取り組んでいる。

 専門外の方が多いと思われるので、研究内容紹介として専門的な詳細はあえて省略させていただいた。興味をもたれた方は、以下に最近の論文を引用させて頂くので、目を通していただければ幸いである。

神経科学分野の最近のアルツハイマー関連主要論文(2002年2月現在)
1. Hase, M., Yagi, Y., Taru, H., Tomita, S., Sumioka, A., Hori, K., Miyamoto, K., Sasamura, T., Nakamura, M, Matsuno, K., and Suzuki, T. (2002) Expression and characterization of the Drosophila X11-like/Mint protein during neural development.
J.Neurochem. in press.
2. Ando, K., Iijima, K., Elliott, J. I., Kirino, Y. and Suzuki, T. (2001) Phosphorylation-dependent regulation of the interaction of amyloid precursor protein with Fe65 affects the production of b-amyloid.
J. Biol. Chem. 276, 40353-40361.
3. Iijima, K., Ando, K., Takeda, S., Satoh, Y., Seki, T., Greengard, P., Kirino, Y., Nairn, A. C., and Suzuki, T. (2000) Neuron-specific phosphorylation of Alzheimerユs b-amyloid precursor protein by cyclin-dependent kinase 5.
J. Neurochem. 75, 1085-1091.
4. Lee, D-S., Tomita, S., Kirino, Y. and Suzuki, T. (2000) Regulation of X11L-dependent amyloid precursor protein metabolism by XB51, a novel X11L-binding protein.
J. Biol. Chem. 275, 23134-23138.
5. Tomita, S., Fujita, T., Kirino, Y. and Suzuki, T. (2000) PDZ domain-dependent suppression of NF-kB/p65-induced Ab42 production by a neuron specific X11-like protein.
J. Biol. Chem. 275, 13056-13060.
6. Ando, K., Oishi, M., Takeda, S., Iijima, K., Isohara, T., Nairn, A., Kirino, Y., Greengard, P. and Suzuki, T. (1999) Role of phosphorylation of Alzheimerユs amyloid precursor protein during neuronal differentiation.
J. Neurosci. 19, 4421-4427.
7. Tomita, S., Ozaki, T., Taru, H., Oguchi, S., Takeda, S., Yagi, Y., Sakiyama, S., Kirino, Y. and Suzuki, T. (1999) Interaction of a neuron-specific protein containing PDZ domains with Alzheimerユs amyloid precursor protein.
J. Biol. Chem. 274, 2243-2254.
8. Tomita,S., Kirino, Y., and Suzuki, T. (1998) A basic amino acid in the cytoplasmic domain of Alzheimer's b-amyloid precursor protein is essential for the cleavage of APP at the a-site.
J. Biol. Chem. 273, 19304-19310.
9.
Tomita, S., Kirino, Y., and Suzuki, T. (1998) Cleavage of Alzheimerユs amyloid precursor protein by secretases occurs after O-glycosylation of APP in the protein secretory pathway.
J. Biol. Chem. 273, 6277-6284.





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