中枢ニューロン樹状突起の形と機能
高畑 雅一(北海道大学大学院理学研究科)
脳・中枢神経系のニューロンは、複雑に分枝する多数の樹状突起を持つ。その形態 は、各ニューロンに特徴的である。たとえば、脊椎動物では、小脳のプルキンエ細胞 や大脳皮質の錐体細胞などが、その樹状突起形態で容易に識別される。ザリガニや昆 虫など無脊椎動物では、個々の中枢ニューロンが大きいため、それらを同定すること が可能であるが、個々のニューロンの樹状突起形態は、それぞれ特徴的で互いに異な っている。ニューロン樹状突起の特徴的な形態は、何らかの機能的意義を持つのだろうか?
最近の神経生物学研究の進展により、樹状突起は、従来考えられたように単なるシ ナプス入力の受け取り役ではなく、膜の多様な性質を駆使して、シナプス入力の処理 を行うという重要な機能を担うことが明らかになってきた。樹状突起のこのようなシ ナプス統合機能を規定する要因として、1)突起膜の生理学的性質(電位および各種 リガンド感受性イオンコンダクタンス)、2)各種伝達物質受容体による細胞内信号 伝達系の調節機能、等の他、3)樹状突起の電気緊張的構造と呼ばれる機能解剖学的 性質が挙げられる。
私たちは、アメリカザリガニProcambarus clarkiiの脳・中枢神経系内で多数見出されるノンスパイキング介在ニューロン(NSI)の機能的意義を知るために、その樹状突起でのシナプス統合機能を、単一ガラス管微小電極による不連続電流・電圧固定実験により神経生理学的調査してきた。NSIには、運動ニューロン活動を制御する前運動性のものと、感覚ニューロンからのシナプス入力を受ける感覚性のものとがあるが、いずれも、顕著な脱分極依存性膜コンダクタンスを示すことが判明した。このコンダクタンスを薬理学実験で調べたところ、1種類の一過性および2種類の持続性コンダクタンスに分離できた。それぞれ、活性化・不活性化の時間・電位依存性が異なっていたが、いずれも静止電位レベルでは、活性化していなかった。すなわち 、静止電位(約-50 mV)および-90 mV程度までの過分極範囲では、NSIの樹状突起 膜は受動的にふるまう。前運動性NSIは、感覚性NSIと較べて有意に長い膜時定 数と入力抵抗を示した。NSIの生理学的特徴の一つとして、静止電位レベルで脱お よび過分極性のシナプス入力を受ける。以上の結果は、2種類のNSIの間で、過分 極性シナプス活動の統合様式が異なる可能性を示唆した。そこで、各ニューロンのマ ルチコンパートメントを作成し、その電気緊張的構造を計算機シミュレーションによ り調査した。
モデル作成には、樹状突起の入力抵抗・膜時定数、および突起の三次元構造を定量的に計測する必要がある。従来、突起の三次元構造は、光学・電子顕微鏡による組織 学的連続切片を用いて定量化されていたが、共焦点レーザー走査顕微鏡が実用化した ため、細胞内記録・蛍光染色法を適用した標本の光学的連続切片を用いた三次元形態 計測が可能となった。細胞は、異なるサイズを持つ数百個の円筒の集合体として近似 され、数値的に再構成される。あらかじめ、実験中に細胞への微小電極刺入部位を確 定しておき、そこでの電流注入に対する膜電位応答を記録する。その測定結果を、モ デルでの対応部位で電流注入に対する膜電位応答の計算結果と照合することによって モデルの妥当性を検討した。シミュレーションの結果、前運動性NSIが、感覚性N SIと較べて、より効果的に過分極性シナプス活動を平滑化して、持続的なシナプス 出力に変換できることが判明した。この結果は、前運動性NSIが、運動ニューロン の背景興奮性を調節することで姿勢反射のゲーティング機能を果たすというこれまで の考え方を支持している。一方、感覚性NSIでは、脱分極性シナプス活動が、機械 感覚受容における側抑制機能を果たすと考えられているが、そのマルチコンパートメ ントモデルに電位固定実験で得られた膜コンダクタンスを埋め込むことにより、生理 実験で観察されるすばやい応答と同様の結果が計算された。同じ膜コンダクタンスを 埋め込んだ単純な膜モデルでは、計測結果を再現することはできなかった。この結果 は、感覚性NSIに想定される働きを支持するとともに、膜の能動的性質によるシナ プス統合においても樹状突起の三次元構造が大きな影響を持つことを示唆している。