巨大アメーバ様細胞の形と機能
                   中垣俊之(北海道大学
電子科学研究所)
はじめに
原生動物のアメーバは、固定した形をもたず、絶えず変形しながら移動する。これは、見方を変えれば、動くために必要な形態を形成しては壊すという一連の過程をダイナミックに行っている、といえる。巨大なアメーバ様生物である粘菌変形体も、状況に応じて形態を著しく変化させて行動する。粘菌変形体の多様な形態とその生理的な機能について論じる。

粘菌変形体の形態変化
ここでは、ある特定の種、真正粘菌モジホコリPhysarum polycephalumの変形体について述べる。モジホコリは、分類学上、原生生物界Protoctista変形菌門Myxomycotaに属す。変形体は原形質の巨大な塊であり多核の単細胞生物である。細胞の外層はゲル状の原形質で、内部はゾル状である。ゾル相とゲル相は常に変換し合っている。原形質ゾルは流動しその向きが周期的に逆転する。これを往復原形質流動と言う。流動の駆動力と考えられる周期的な力の発生が、細胞のあらゆる場所で観察される。この収縮振動は原形質の微小部分で自律的に起きており、従って粘菌は収縮振動子の集団といえる。収縮リズムの時間空間パターンは体形変化と密接に関係している。粘菌変形体の巨視的な形は、細かく枝別れした管状構造のネットワークからなる。この管は原形質流動のチャネルであり、ゆえに管のネットワークは原形質の流路網である。粘菌が移動する時や形を変える時には、この流路網に従って原形質を輸送しながら同時に流網の形自身を劇的に変える。即ち、流路網の形態形成は行動発現の過程とほとんど同義である。

複数の餌場所に対する機能的な流路網のデザイン
寒天ゲル上を広がる粘菌の両端にそれぞれ餌を与えると、変形体の大部分が餌に群がって養分を吸収する一方でたった一本の太い管が二つの餌の間をほぼ最短な経路で結ぶように形成される。管内の流量は、ポアズイユ流の近似の下で管の太さの4乗に比例し長さの1乗に反比例するので、太くて短い管は流動効率が高い。粘菌のこのような形は、限られた大きさの体で、餌の吸収と原形質の交換の高い効率を両立させている。この機能は、さらに複雑な状況でも発揮される。迷路いっぱいに広がった粘菌に対し二つの出口に餌を与えると、最短経路にだけ一本の太い管が現れた。この事は、粘菌が迷路を解く計算能力を持つ事を意味する。
与える餌の数(3, 4, 6, 7, 12, 24, 49, 144個)と配置を様々に変えると、それに応じて餌場所を繋ぐ太い管のネットワークの形も劇的に変わった。これらのネットワークは、効果的な輸送ネットワークの持つべき幾つかの基準を満たした。すなわち、管の総長の短さ、餌場所間の密な繋がり、事故による管の断線に対する耐久性は、いずれも良い値を示した。

収縮リズムの時空パターンから管ネットワークへ
管の形成機構を収縮リズムの観点から見てみよう。粘菌は二つの個体が出会うと自然に融合する。融合過程の初期に二個体の接触部位で太い管が形成される。管形成に先んじて、収縮振動が、二つの個体間で反位相になる。また、ほぼ同調して収縮する粘菌をカバーガラスで、二つの部分に(狭い隙間を残して)分離すると、分離された二つの部分は反位相になり、それに続いて狭い隙間に管が形成される。これらより、二つの部分で反位相の振動状態が続くとその間に管が形成される、と予想される。この仮説は次のように検証された。収縮リズムは外場振動(温度振動)に引込まれるので、この性質を利用して粘菌の二つの部分に強制的に位相差を作り出した。すると位相勾配に沿って管構造が生成した。
すでに述べたように、管は原形質の流路であり、原形質の交換は収縮振動子の相互作用を担っている。従って、収縮リズムのパターン形成は、原形質流動を媒体にして管形態と相互作用している。このようなパターン形成の機構が、粘菌の流路網形成の鍵であると予想される。

終わりに
粘菌の流路網が複雑な餌の配置に対しても機能的である事を見た。流路網の形成は収縮リズムとの相互作用の下に起こる事もみた。これまで、収縮リズムのパターン形成は、代謝反応を振動子とした反応拡散系として捉えられてきた。近年、原形質流動の効果を加味した反応拡散移流モデルが提案された。このモデルに管形成や変形の効果を取り入れる事で、管ネットワーク形成の数理的機構に迫れるのではないかと期待される。

参照文献
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