ウイルス感染症の病原診断にはウイルス分離と中和試験による型同定、および分離ウイルスに対する抗体上昇の確認が重要な決め手となる。ウイルス学が急速な進歩を遂げた現在においても、そのことは基本である。
しかしながら、ノロウイルス(NV)、サポウイルス(SV)は下痢症を引き起こす原因ウイルスとして実体が捕らえられてから30年以上もの年月を経ているが、現在でも培養・増殖ができないことから中和試験などによるに判定が出来ないウイルスである。旧くは電子顕微鏡によるウイルス粒子の確認と、患者血清を用いた免疫電顕による手法で病原診断がなされてきた。その後、分子生物学的手法の進歩に伴って、NVにおいても1993年にNorwalk virus (Jiangら)、Southampton virus (Lambdenら) の全塩基配列が報告されたことが大きな引き金になり、NVの分子生物学的・分子疫学的研究がこの10年間で急速な進展を生んだ。そして患者材料からのNV遺伝子検出用プライマーの開発も精力的になされ、NV感染症の確定診断は遺伝子レベルで行なわれるようになった。
一方、1992 年にXi Jiang らは遺伝子組換えバキュロウイルスを用いて、形態学的にも抗原的にもネイティブなウイルスと変わらないNVのウイルス様中空粒子(VLP)の発現に成功した。このことはNV粒子の構造解析のみならず、大量のウイルス抗原と免疫血清が作製出来ることからNVの免疫学的、血清学的研究の発展に大きな希望をもたらした。
遺伝子解析のデータが蓄積されるに伴って、NVは遺伝学的に多様なウイルスであることが明らかになってきた。最新のデータでは、Genogroup-I (GI)は14の遺伝子型に、Genogroup-II (GII)は少なくとも17に分類されると考えられている(影山ら)。また、米国でのボランティアを使った感染実験、そしてVLPを用いた研究によってNVは血清学的にも多様であると考えられてきた。
我々は遺伝的分類を基準に抗原型が異なると予測された株を選出して、VLPの発現に取り組んできた。現在までにGI で6株(6遺伝子型)、GIIで21株(13遺伝子型)のVLP発現が可能となり、それぞれの免疫血清が作製できた。ELISA法での交叉反応試験の結果はNVは抗原性においても多様性を持ち、さらに遺伝学的分類と抗原性による分類は非常に良く一致することを示した。
多くの抗原型(遺伝子型)のVLP抗原が揃ったことで、NV感染症の血清診断および血清疫学研究が可能となった。また高力価免疫血清を用いて、下痢症患者材料から迅速かつ簡便にウイルスを検出できるNV検出ELISAキットがデンカ生研(鎌田ら)によって開発された。そしてそれはNVモノクローナル抗体の作製によって、さらに特異性の高い抗原検出系として進化しつつある(田中、北元ら)。
食品の介在が疑われる下痢症集団発生事例において、食材からの原因病原体の検出は重要なことである。しかしながら生ガキ以外の食材からのNV検出は、感度が良いとされる遺伝子検出法でも困難であった。小林らは高力価抗体を付着させた磁気ビーズを用いて食材からウイルス粒子を濃縮・精製し、RT-PCRでNV遺伝子を検出する方法を開発した。NV感染機序の研究においては、組織・血液型抗原とNV粒子の特異的結合が報告された。白土らは唾液中の血液型物質とVLPの結合を詳しく調べ、VLPの結合は型物質のみならずNVの株でも異なること、そして株によっては結合に型物質以外の因子が関与している可能性があることを示唆している。これらはVLPと高力価血清を手にすることによって初めて可能になった研究である。
サポウイルス(SV)においては、最近になってVLPの発現に成功した。SVはGenogroup-I〜Vの5つの遺伝子型に分けられるとされている(片山ら)。ORF2領域の増幅ができた株ついてバキュロウイルスを用いて発現を試みた結果、GI、GII、GVの3株でVLPの発現ができた(Hansmanら)。NV同様にSVもまた抗原的にも分類されるようである。免疫血清を作製し、患者材料からのSVの抗原検出ELISA系も確立しつつある。
以上のように、GI,GIIを含めて計28株、19遺伝子型(抗原型)のNV-VLP、そして3遺伝子型(抗原型)のSV-VLP抗原の大量増殖が可能になり、免疫血清も作製できた。それらを用いて得られた幾つかの知見について述べる予定である。