特別講演

研究の思い出−ポリオウイルスの抗原解析と下痢症の流行調査


浦澤 正三(札幌医科大学名誉教授)


「ウイルスの抗原性」には若い頃から大変興味がありました。また札幌医大・医学部の衛生学で「疫学」を教えていたため、いくつかの感染症の疫学・流行調査にも携わる機会がありました。本日は30歳代に没頭していたポリオウイルスの抗原性の研究のこと、また後に教授となって間もなく、札幌近郊のスーパー開店に際して発生した集団 食中毒事件において流行調査に関与して得た教訓について話してみたいと思います。

1.血清インヒビターの性状とポリオウイルスの抗原解析
 古くからウマ、ウシなどの動物血清中にはヒトのポリオウイルスを中和する物質(インヒビターと呼ばれた)の存在が知られていたが、その本態は不明であった(組織培養によるポリオウイルスの増殖に障害となっていた)。

 これに対し、血清インヒビター抵抗性ウイルス株(作成法は教室先輩の橋本信夫氏による)との交差中和試験による反応特異性の検討、血清のゲル濾過、クロトマグラフィー、免疫電気泳動法による活性物質の分画、ウイルス−インヒビター複合体に対する免疫血清の作成、Radioimmunoelectrophores is(RIEp)、パパイン消化などによる活性物質の同定、中和反応に加え沈降反応による抗ウイルス活性の検討の結果、これらはγG(ウマ、ウシ)、γM(ウマ、ウシ)およびγA(T)グロブリン(ウマ)であることが明らかとなった。

 ついで、異なる特異性を有するインヒビター抵抗性ウイルス株で抗血清を吸収することにより、抗血清中の少なくとも5種類の互に反応特異性の異なる抗体成分の存在、従ってウイルス粒子上の少なくとも5種類の抗原決定基の存在を明らかにし、これらの異なる抗体成分に抵抗性を獲得するにつれ、ウイルス抗原性が次第に変化して行くことを示したが、後のモノクロン抗体の発見により、上記の抗体成分はモノクロン抗体そのものである ことが判明した。

 これらの若い頃の研究を通して、研究の楽しさ、研究が独創的であるほど達成感が大きいことを実感した。

2.西友ストアー清田店開店時の集団食中毒
 昭和57年10月、スーパーの開店と時期を同じくして、札幌市豊平区を中心に、集団食中毒が発生し、原因究明委員会が設置されて私もその一人に加えられた。本事件は患者数7,700余人という未曾有の大集団発生で、原因は、カンピロバクター及び病原性大腸菌に汚染された井水とされたが、これら病原体の感染経路については、結論に至るまでに紆余曲折があった。今後の類似例への対応の参考ともなると考え、この事件の概要と、原因究明委員会の中にあって、この事件から私の得た2,3の教訓について述べる。


←Back   抄録目次   Next→
トップページへもどる