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古谷織雄先生を偲んで

同仁会長野病院　中間　光雄

　この度，私達の大先輩であり，卓越した放射線技術を身を以てご指導下さいました本会名誉会員古谷織雄先生が去る６月２８日ご逝去されました。行年８３歳でした。ご生前の数々の業績を偲いつつ心から哀悼の意を表します。

　葬儀は，室蘭市本町慈心院で厳粛のうちに盛大に挙行されました。ご遺体をとり巻く白菊は，先生が生涯に亘って丹精こめて育てた花であり，私には何かしら哀愁が漂い感慨深いものがありました。　祭壇には，室蘭市長表彰状（室蘭市功労章），農林水産大臣よりの品種登録証（きく科銀雪の輝き），本会名誉会員推戴状が掲げられ，ご生前のご功績が彼沸として蘇る中で，弔辞は室蘭市長，本会友人代表，室蘭菊花同好会長から心情溢るる言葉で朗読され，弔電約１７０通，そのうち３通が内容の拝読があり，１通は北海道放射線技師ＯＢ会からの「お別れの言葉」でした。　葬儀は無事終了し，室蘭市火葬場において葵毘に付しましたが，細野室蘭技師会長と友人を代表して私は古谷先生の５０年に及ぶご指導とご厚情に感謝を捧げつつお骨を拾ってまいりましたことを謹んで会員の皆様にご報告を申上げます。　今，ここに，偉大な放射線技師としての古谷さんの想い出を記しご冥福をお祈り致します。

　古谷さんは，昭和７年に名門の旧制室蘭中学を卒業されました。中学時代より植物に興味を持っており，卒業後，花弁栽培と販売を志して北大植物園に奉職したのですが，そこで北大病院温室勤務の花園さんと親交があり，縁あって花園さんの紹介をいただき昭和１３年６月北大病院中央レントゲン室に技術研修生となったのが放射線との出合いということになります。

　古谷さんのご性格は，ジックリ腰をおちつけて一つの事象に対して研究解明していくことを好まれる方で，将に放射線技術者としての天分をお持だったのは５０年のご交友をいただいて私にはよく理解出釆ますし，古谷さんの北大病院勤務のご縁を喜ぶところです。

　当時の日本は，北支事変が拡大する中でありましたが，医療界においては，Ｘ線間接法が開発され，断層撮影装置，或いは回転陽極Ｘ線管の出現等のＸ線機器の進歩開発が進められた頃であり，防雷肇防Ｘ線装置，即ち第四種より第一種にと装置メーカーは装置の製作に大きく変換を来した時代であります。　法規の改正からみても昭和１２年にＸ線装置取締規則公布（内務省令第３２号），電気工作物規程一部改正（Ｘ線発生装置の施設並びに取扱等について）（逓信省令第５２号），続いて昭和１３年には治療用Ｘ線装置取締規則施行細則公布（警視庁令弟６１号）等があり，装置の取扱上からもＸ線防護，被曝の面からも画期的な変化があった時代であります。　また，昭和１３年８月には北大病院に島津製作所より藤本慶治先生の招膿があり，Ｘ線研修生の中に伊谷励造，藤沢謙三郎，桜井宏，汲田敏男さん等，戦後の北海道放射線技師の指導的立場に立った方々が切瑳琢磨しておられました。

　私の手元に当時の北大病院における古谷さんの研修態度の一端を見るプリントが残されております。また，その頃の技師達の勉強振りや，日常生活についてはけヒ海道エックス線技師５０年の歩み」（昭和４４年発行）に藤本慶治先生が懐かしく書かれておられますが，残念なことに藤本先生以下前記の技師の方は古谷さんを最後に全員がご他界されました。　北大における古谷さんは，誠実なお人柄に藤本先生のよき師を得て，後年の大きな研究業績を成し得る素地が出来たのではないかと思われます。

　このような誠実な研修態度が認められ，昭和１６年８月郷里の日本製鉄所室蘭病院に迎えられることになります。戦時中の日本製鉄所は活気に溢れ，病院も拡張整備が進められ，Ｘ線装置も新鋭機器の導入があり，その中に蓄電器放電式Ｘ線装置が設備されておりました。　しかし，戦争は年と共に脇烈を極め，太平洋戦争に突入し，特に製鉄所は昼夜を分たず戦争必需品の鉄の生産に職員一丸となって没頭する中にあってＸ線技術研究など望むべくもなく，日常業務遂行の使命に徹する日々でありましたが，古谷さんの人生にとって最も幸せなことは，昭和１７年３月良縁あって綾子さんと結婚，苦しい日常生活の中に健康に恵まれ幸せなご家庭を築くことが出来ました。

　病院勤務は，激務ではありましたが，製鉄が使命の会社は物資においては比較的恵まれた環境で，昭和１９年当時Ｘ線装置関係で最も貴重とされていた回転陽極Ｘ線管が取付けられることになり，同年２月管球受領の使命をおび古谷さんは東芝川崎工場（当時日本でただ一つのＸ線管製造工場）に出張しました。たまたまその日は東京大空襲があり，火災の猛火の中を九死に一生を得て辛うじて難を逃れて食物もなく，水筒の水をたよりにすし詰めの列車に乗り込み無事帰院することが出来た当時の苦しみをいつも語り聞かされましたが，これが古谷さんの生涯をかけた「蓄電器放電式Ｘ線装置による胸部Ｘ線撮影技術の研究」に没頭することになった発端であります。

　その頃の北海道の電力事情は極めて悪く，瞬時大電流を要する胸部Ｘ線撮影をするのに満足な電力を供給することは非常に困難で，工場従業員の結核検診には，電源設備の良好な工場内に蓄放装置を持ち込み，これに回転Ｘ線管を取付けることが最艮の方法であることを確かめ，これを実行に移す計画に取りかかることになります。　しかし，体格良好で健康な古谷さんを軍隊は見逃すわけはな〈，昭和１９年４月召集令状を受けて旭川第７師団に召集され，そこで私とは一度顔を合せております。私は当時旭川陸軍病院で旭川師団管下の入隊者全員の胸部間接撮影を実施しており，古谷さんとの軍隊の思い出話に，激しく繰り返していくＸ線撮影の有様には恐れ入ったとの事，招集者のーツ星の中にこのような立派な大先輩がおられたことに恐縮したことがあります。

　古谷さんの応召には幸せなことがありました。それは当時の激しい召集の中において，銃後（一般の地方社会のこと）産業増産に絶対に必要な人は，要請により召集解除という制度がありました。戦争末期の製鉄業務の従業員の健康保持増進に不可欠なＸ線技師の使命の下に昭和１９年１２月職場復帰することが出来た幸運を掴んだわけであります。　戦中，戦後の北海道は肺結核の蔓延は甚だしく，この検索には優秀な胸部Ｘ線写真が要求され，診断価値の高い胸部写真の撮影こそＸ線技師の双肩にかかっており，Ｘ線技師の技術向上は技師国家試験，即ちＸ線技師法制定の必要性が認められる気運が高まって来た時代で，古谷さんの技術はその要求に応えるものとなって工場内に据付けられた蓄放装置に回転Ｘ線管を取付け，これによる胸部Ｘ線撮影法の研究に没頭する日が続きました。　戦後日浅い北海道の電力は，ローソク送電という日常語が出来る程に送電圧は降下し，一定周波数を維持することも困難な状態で，寒村避地での胸部検診には蓄放装置の取扱と撮影技術の向上が急を要し，またＸ線装置メーカーは競って蓄放装置の改良と製造に拍車をかけており（東芝，島津，大阪レントゲン，日本医科器械ＫＫ），当時，日本医科の札幌出張所長であった築野勇さんは「笑いの止まらんくらい蓄放式間接装置を売った」話を思い出しますが，その頃の古谷さんは北海道の花形技師として名声を博しておりました。

　蓄放装置には高圧印加式，フィラメント点火方式があり，それぞれのメーカーは学会で花々しく論議されていたのを懐かしく思い出されます。　古谷さんは，自ら「蓄電器放電式Ｘ線装置の撮影技術研究会」を開催し，熱心に会員の指導に当たられました。私もその受講者の一員で幾度となく教えを乞いに室蘭に行きましたが，古谷さんは会費をとるでもなく，私も病院から旅費をもらうでもなく，総てが自弁でしたが，それだけにお互いに誠心誠意の努力であった当時がなおさらに懐かしい。　いつの年でしたか，北大病院から今は亡き仲義一さんと研修会に行き，その夜は洞爺湖畔の富士鉄の寮で宿泊しての勉強会でしたが，仲さんと二人は許しを得て昭和新山に登りましたが，暗闇となった山は随所に火焔が見え湖の静けさ，そして山の火を当時の古谷さんにたとえると物静かな言葉とは対象的に心の中は蓄放装置に取組む情熱の火のように感じたものです。

　その頃，毎年の全国学会に出席の帰路は，よく装置メーカーやフイルム或いは増感紙の工場見学があり，古谷さんは私達を東芝富士工場や川崎のＸ線管工場に案内して下さいました。そこには田中正道先生をはじめ西堀，深津，松島先生など日本を代表する技術者が手ぐすねひいて待っておられ虚心坦懐に話し合われていたお姿が懐かしく浮かんで来ます。　また，当時は非常な食糧難で卵などは高価品とされていた頃，学会には沢山の卵を茄て持参し友人に与え喜んでおられましたが，学問をする人，研究向上心を待った人は誰かれとなく親身になって面倒をみて下さいました。　古谷さんの実験態度は非常に厳しく，誠実で曲がったことの嫌いな性格は，実験データーにおいて納得のいくまで繰返し，疑問に向かって旺盛な研究心を燃やし続け，次ぎ次ぎに解決を求め止みません。それだけに学会発表時期となると何か物にとりつかれたように考えこむことをお見受けすることがありましたが，私達は心配しながら発表に聴き入ったことも懐かしく，学会と古谷さんを忘れられません。　蓄放装置がＸ線撮影に導入され始めた頃は全放電型で，フイルムに不感の管電圧をＸ線被曝の面からも，また×線管焦点溶解破損の面からも，いかにくい止めるかに心血を注がれました。即ち「放電制御方法の研究」でありました。　これらのことは，装置メーカーである東芝の技術陣と相提携し研究を進め，特許権を取得したものもあるはずであります。また，改善研究成果は常に日本放射線技術学会に発表し，非常な評価と信頼を得てリヒ海道に古谷あり」の名声を遺憾なく発揮されましたが，当時，北海道から全国学会に常に発表していたのは古谷さんだけで，私達は心強く思っておりました。技術学会のみならず医学放射線学会にも発表したこともあり，その信念と情熱には脱帽よりほかなく，現在まで北海道から医師の分野にまで発表された方は古谷さんただ一人であると私は思っております。

　これらの多くの研究業績が認められ，日本放射線技術学会長より栄誉ある「技術奨励賞」が贈られました。

　昭和３３年には，全国の技術学会総会シンポジウム演者に指名され，さらには昭和３５年札幌市において開催された第１６回日本放射線学会総会において，学会として最高の栄誉である宿題報告者が与えられ，古谷さんの技術者としての生涯をかけた研究を集大成し「蓄電器放電式Ｘ線装置の放電制御」と題し立派に報告の義務を全うされました。昭和４０年北海道放射線技師会並びに学会から，これまでのご苦労と業績を護え「技術賞」が授与されました。誠にお芽出たいことでありました。

　昭和３０年の後半頃になりますと，北海道の電力事情は徐々に好転し，平常の送電となり，病院裾付けのＸ線装置製作技術も大きく進歩改善されて蓄放装置は自然に消滅してゆきました。ただ，自動車搭載の間接撮影装置において立派に蓄放装置は活用され，放電制御方法も完成し，現在のがん検診に不可欠の偉力を発揮しておりますが，この蓄放装置導入初期の頃，古谷さんが放電制御方法に心血を注ぎ没頭したことが，その後の進歩改善の中に生き続いていると私は思うのです。

　また，昭和２０年代は戦後のＸ線写真の向上に大きく寄与したＸ線写真コンテストが全国で盛んに行われ，当時，日本でただ一個，Ｘ線回転陽極管を保持していた古谷さんは，これを駆使し，全国学会コンテスⅣこ常に最上位の賞を多く獲得し，技術学会から昭和３０年に「技術特別表彰」を授与されましたが，当時一般に使用されていた１０ｋＷ固定Ｘ線管では，いかに努力しても回転陽極管に出来上がったＸ線写真の質において太刀打ち出来ないものがあり私達は羨望の的でありました。

　その後，北海道には全国に先がけて三井美唄（前田），美唄労災（河崎），岩見沢労災（藤沢）等に回転Ｘ線管が裾付けられ大いに全国のＸ線写真コンテストを賑やかしたあの頃が懐かしく追想されてまいります。

　以上は，主として全国的な見地からみた古谷さんのご活躍，ご功績のお姿を想い出すままに述べましたが，戦後の物資不足，Ｘ線技術も向上進歩に向かって激動していた頃，古谷さんの頭の中には常にＸ線装置の進歩改善，特に蓄放装置と優秀なＸ線写真撮影技術がつきまとい離れることがなかったと思うのです。　話す言葉は，常にＸ線技術のことでした。物静かに語りかけてくる中にひたすら縞蓄を傾けて来た実験結果と未来に向かっての野望があり，私達はそれに対応する言葉に戸惑うことが多く近より難い存在でもありました。　しかし，技術上の相談には人を疑わず，素直に援助の手を貸してくれましたし，協力を惜しみなく激励もして下さいました。その熱心さ，誠実さにはむしろ相談を持ちかけた方がたじろぐことが多かったようであります。

　古谷さんは，放射線技術学会，技師会の組織についても常に意を尽されておられましたが，役員等の指導的立場に立つことはあまり好まれませんでした。だが，北海道では長い間技師会，学会の両会が合同で運営されており，これは，両会の発展に柳か支障がありました。特に学会は技師会の技術部を主として担当する立場にあって，ともすると学会の主体性を欠くことがありました。　古谷さんは，清廉潔白なご性格，しかも技術向上へのひたむきな情勢は驚嘆にあたいするものがあり，北海道のp両会合同運営を常に批判され，室蘭より北海道技師会，学会副会長に就任し，両会の分離運営の組織改革にご努力なさいました。これは昭和４２年のことでありますが，この間題については信念を貫くことが出来ませんでしたが，札幌に在住する私達の協力の足りなかったこと，特に私の不甲斐なさを反省し藤塊に耐えない次第ですがその後，深くお詫びをする機会もあり，ますます交友を深めることが出来ましたことに心安まるところがあります。

　歳月は流れ，人変り，移りゆく時代の変革と放射線技師の教育，資質の向上によって古谷さんの意志は受継がれ新進気鋭の若い技師諸君が立派に両会の分離運営を果たし，それぞれの会は日進月歩の激しい医療界にあって，社会の要求に応え発展を続けていく現在をみるにつけ「よかったナー。よくなったナー」と共に満足の微笑で語れるお互いの老後となりましたが，好きな酒を酌み交わし昔を語る機会が少なかったことは残念でなりません。

　古谷さんは，生来，物静かな優雅な趣味をお持ちでした。それは日本人の好む春の桜，秋の菊である「菊の花」を育てることでした。　戦後の殺伐とした日本人の心を和ませることに気付き，昭和２４年より室蘭において菊花同好会をつくり，その会長として大いに室蘭市の文化の向上に努力され，自ら品種の改良に尽されました。その改良方法に放射線を用いたとの由を聞くにつけ流石に古谷さんと感心するところですが，心和む深い趣味の道にも徹せられた在りし日のお姿が通夜の時に上映され深い感動を受けました。

　生者必滅，会者定離，職業の放射線技師を通じ，ご指導ご交誼をいただいた古谷さんとの半世紀に亘る数々の想い出が懐かしく走馬燈のように浮かび且つ消えてゆきます。　うつつ世で巡り合わせたことに感謝を捧げつつ心からご冥福をお祈りします。合掌

　（古谷先生とお呼びしようかと迷いました。しかし，私達はお互いに「先生」と語りかけたことがありません。「さん」とお呼びする中に平凡で，親しみ深く，尊敬の念がありました。あえて「さん」と呼ばせていただきました。在天の古谷さん，その方がよいですネ。と語りかけたい心境です。）

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日本放射線技術学会北海道部会

古谷織雄先生を偲んで

同仁会長野病院 中間 光雄

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