TgAb(Thyroglobulin Antibody),TPOAb(Thyroid Peroxidase Antibody) の基準範囲の設定と,加齢による影響に対する臨床的検討

Decision of Normal Range and Clinical Evaluation of the Effect of Aging on the Serum TgAb and TPOAb Concentration


北海道社会保険中央病院 放射線部

村上 茂樹  田口 英雄

北海道社会保険中央病院 検査部

田口 静子

SUMMARY

We evaluated the decision of normal range and the effect of age on serum TgAb, TPOAb concentration using a TgAb and TPOAb RIA kit. In addition, TgAb and TPOAb were compared with TGHA and MCHA titer.

   The serum TgAb and TPOAb concentrations were measured in health examinations of 2,737 recruits at the hospital. Their normal ranges were calculated by personal computer with a logarithmic distribution by the renouncement method introduced by Hoffmann. The high end in each normal range of serum TgAb and TPOAb was 1.83 U/ml(mean+3SD) or 0.48 U/ml(mean+2SD) and 0.34 U/ml(mean+3SD) or 0.12 U/ml(mean+2SD), respectively.

   TPOAb positive was 9.8% and MCHA positive was 8.6%. TgAb positive was 7.3% and TGHA positive was4.0%. The rate of TgAb positive was statistically much higher than that of TGHA positive. Only TGHA positive accounted for 1.4% among the subjects of both TGHA and MCHA positive, while only TgAb positiveoccupied 17.8% of both TgAb and TPOAb positive. The sensitivity of TgAb was higher than that of HA(tanned erythrocyte passive haemagglutination) method.

   We concluded that measurement of TgAb and TPOAb is useful for diagnosis of autoimmune thyroid disease.

Keywords :
TgAb, TPOAb, TGHA, MCHA, Autoimmune thyroid diseased



緒 言

 抗甲状腺自己抗体のサイログロブリン(TG)抗体及び、マイクロゾーム(MC)抗体の測定は、バセドウ病、橋本病などの自己免疫性甲状腺疾患の診断に有用である。

 測定方法としては蛍光抗体法1)、補体結合反応2)、ラジオイムノアッセイ3)、赤血球凝集反応4)、酵素免疫測定法5)などが開発されたが、一般にはタンニン酸処理赤血球凝集法(HA法)又は、ゼラチン粒子を担体とした間接凝集法(PA法)6)が用いられている。しかし、測定感度や定量性に欠けるため、診断後の本抗体測定の臨床的意義は乏しかった。

 最近、甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO)が患者抗体が認識するマイクロゾーム抗原そのものであることが明らかになった7-9)。そこで筆者らは、Smithらよって開発された10-11)高感度で直接測定できる抗サイログロブリン抗体とペルオキシダーゼ抗体のRIAキットを用い基準範囲を設定し、加齢による影響に対する臨床的意義について検討した。また、従来用いられてきたTGHA、MCHA法とも比較検討した。



対象及び方法

 札幌市在住の成人のうち北海道社会保険中央病院健診センターを受診した2,997名(男性2,063名、女性934名)を対象とした(Fig.1)。これらの受診者をTGHA、MCHAとTSH濃度を測定し、正常範囲からはずれた者と、過去及び現在、甲状腺疾患に関する病歴を有する266名を除外した2,731名ついて分析した。


fig .1 対象(当院健診センターの受診者)
 受診した全員について早朝空腹時に採血し、血清TSHは、immunochemiluminometric法(Magic lite TSH キット、Chiba-Corning Diagnostics Corp. , Medfield USA)にて測定した10)。本法の inter-assay CV は 11.1% であった。本法により異常TSH濃度が検出された場合は、他のTSH測定法(RIAnost hTSH , Hoechst Japan , Ltd.)11)を用いて結果を確認した。甲状腺自己抗体(Thyroid autoantibody , TAA)価は、HA法(tanned erythrocyte passive haemagglutination)によりSerocrit MC , TG キット(化学及び血清療法研究所、熊本)を用いて測定し12)、血清希釈倍数1:25以上を陽性とした。抗サイログロブリン抗体(TgAb),ペルオキシダーゼ抗体(TPOAb)は、直接法(RSR Ltd. Cardiff , UK)により測定した(それぞれのinter-assay CVは、TgAbが10.1%、TPOAbが14.5%)。

 測定結果の統計分析は、Personal computerを使用し、それぞれlog変換を行った後分析し、基準範囲は、Hoffmannの反復切断補正法13)により算出して基準範囲とした。



結 果

 Fig.2に示したのは、健常人2,731例のTgAb濃度を測定し、縦軸にlog変換した値をプロットしたものである。TgAb、TPOAbの最小検出濃度は、0.3U/mlであり14)、これらの健常人を測定した結果、全体の約60%が0濃度に分布した。そこで、対数正規分布を示す部分の1,331例について、Hoffmann法を用い平均+3SDを算出し、基準範囲とした。この結果、TgAbの基準上限は、1.83U/mlであり、平均+2SDをとると0.48U/mlとなった。


fig. 2 TgAb測定結果の度数分布 fig. 3 TPOAb測定結果の度数分布


 同様に、これらの例数についてTPOAbの測定結果をみると、Fig.3に示す度数分布がみられた。この結果、TPOAbの基準上限は平均+3SDで0.34U/mlであり、平均+2SDでは0.12U/mlとなった。次に、筆者らは健診対象者2,737例について、TgAb、TPOAb、TGHA、MCHAの陽性率を検討した。この結果(Table 1)TgAb測定で、男性が4.4%、女性で11.7%、計7.3%の陽性率で、女性の頻度は男性と比較して高かった。又、TGHAの抗体価の基準値を希釈倍数、1:100以上とすると、TGHAで男性3.4%、女性では7.1%、計4.0%の陽性率となりRIA法でのTgAbの方がTGHAに比較して高い陽性率を示した。一方、TPOAbでは、男性6.5%、女性14.0%、計9.8%の陽性率であり、MCHAでは、男性6.5%、女性13.9%で、全体では8.6%の陽性率を示し、RIA法のTPOAb測定が若干高い陽性率を示した。


Table 1 TgAb,TPOAb,TGHA,MCHAの陽性率

fig. 4 MCHA,TGHAとTPOAb,TgAb陽性例の分布


 筆者らは、さらにMCHA、TGHAとTPOAb、TgAbの陽性例について分析した結果(Fig.4)、その分布をみると、MCHA、TGHA陽性例のうち、TGHAのみ陽性は1.4%であったが、TgAb、TPOAb陽性例中TgAbのみ陽性は、17.8%であった。これは、RIA法であるTgAbの測定感度がHA法に比較して高く、従来から言われてきたどちらか一方のみの測定では、甲状腺自己抗体の検出には危険性を含むことを強く示唆していることと考える。そこで、筆者らは、TGHA抗体価の希釈倍数を100倍以下を(、100〜1000倍、1000倍以上の3群に分けてTgAbとの関係について検討した結果(Fig.5)、TGHA100倍以下で92例のTGAbの陽性例があり、100〜1000倍以上では、106例の陽性例が認められた。


fig. 5 TGHAとTgAbとの関係
 これらの結果のTgAbとTGHAの一致率をみると(Table 2)、TGHA(-)の3.4%がTgAbで(+)、TGHA(+)の18.5%がTgAbで(となった。同様に、MCHAとTPOAbとの関係について検討した結果(Fig.6)、MCHA抗体価100倍以上で56例が(+)、100〜1000倍以上で213例が(+)となった。又、その一致率をみると(Table 3)、MCHA(の2.3%がTPOAb(+)、MCHA(+)の実に25%がTPOAb(であった。ここで問題となるのがMCHA(+)でTPOAb(の例である。筆者らは、MCHAが(+)と(の群をTPOAbが(+)と(の群に分けて、TSH濃度との関係について検討した(Table 4)。

Table 2 TgAbとTGHAの一致率

TGHA(+)TGHA(-)
TgAb(+)106
(3.9%)
92
(3.4%)
TgAb(-)24
(0.9%)
2484
(91.8%)

Table 3 TPOAbとMCHAの一致率

TPOAb(+)TPOAb(-)
MCHA(+)1.28mU/L
(0.48-3.4)
1.23mU/L
(0.59-2.58)
MCHA(-)1.46mU/L
(0.58-3.66)
1.39mU/L
(0.56-2.13)

Table 4 MCHA,TPOAbとTSH濃度

MCHA(+)MCHA(-)
TPOAb(+)213
(7.8%)
56
(2.0%)
TPOAb(-)71
(2.6%)
2398
(87.6%)

 MCHAが(+)でTPOAbが(+)と(に分けた群では、TSH濃度に有意差は認められなかったが、MCHAが(でTPOAb(+)、(の群ではTSH濃度に有意差が認められた。MCHAが(でTPOAbが(+)の場合は、甲状腺自己抗体存在の指標となり得ると考えられるが、この逆の場合すなわちMCHAが(+)でTPOAbが(の場合は、今後、臨床的検討と各々の測定方法についての論議がなされると思われる。

 以上の種々の検討結果より、年齢別による甲状腺自己抗体の出現率についても分析を加えた(Fig.7)。年齢別による各々のTgAbとTPOAbの性別による比較検討では、TgAbで女性の方が各年代を問わず、2〜3倍の高い頻度で陽性率が認められた。又、TPOAbにおいても女性の方が男性に比較し、高い陽性率を示した。これを全体的に年代別による陽性頻度でみると、TgAb、TPOAb共に女性では30代以上で陽性率が高くなっており、加齢と共に上昇した。男性でも、女性と同様な傾向がみられ、特に50代以上で陽性率が上昇している。


fig. 6 MCHAとTPOAbとの関係 fig. 7 TgAb,TPOAbの年齢別陽性率




考 察

 最近、RSR社で開発されたRIA法によるTgAb、TPOAb測定法について種々の検討を行った。(基準範囲の設定、加齢による影響、その臨床的意義)

本法は、従来のHA法やPA法に比較し、感度の面で優れており、より高頻度に甲状腺自己抗体が認められた。

 現在、甲状腺自己抗体測定は、一般的にHA法やPA法で行われているが、これらは半定量的な測定法であって、感度の点、測定手技の繁雑さ、凝集の有無の判定が目視によることなど問題点が残されている。

 健常人2,731例のTgAbとTPOAb濃度測定の結果では、全体の約60%が0濃度に分布し対数正規分布を示す部分の例数について、Hoffmann法を用い平均+2SDを算出するとTgAb、TPOAbの基準上限が最少検出感度で求めた濃度と同等もしくはそれ以下となるため、平均+3SDを基準上限としたが、本キットのより高感度の測定法が強く望まれる。甲状腺自己抗体は、外見上、正常に見えても高頻度に認められている。この事実をふまえて考えると、基準範囲を設定することは、きわめてむずかしいことと思われる。

 今回、筆者らはTGHA、MCHAの抗体価の基準値を希釈倍数、1:100倍に設定し、RIA法と比較検討したが、田口らのオリジナルの方法15)によると、甲状腺自己抗体陽性例が高い頻度で発見できるものと考える。しかし、前述のような問題点もあり、本キットが潜在的な甲状腺自己抗体の検出に寄与できるものと考える。



結 語

 RSR社で開発されたRIA法によるTgAb、TPOAbの基準範囲設定と加齢による影響、その臨床的意義について種々検討を行った。

  1. 対数正規分布を示す1,331例についてHoffmann法を用いると、各々の基準値上限はTgAbで1.83U/ml、TPOABでは0.34U/mlであった。TPOABの標準濃度液を用いてHA法にて測定した結果、1:25倍の抗体価が判定されたのは、0.3U/mlとなり筆者らの統計的分析とほぼ一致している。
  2. TgAb、TPOAbの陽性例については、女性が男性に比較し高い頻度でその出現が認められた。
  3. HA法との比較検討では、TgAbがTGHAより陽性率が高く、TgAbの感度はHA法に比べ高かった。一方、MCHA(+)でTPOAb(の例では、双方のエピトープの違いによるものかどうかは、今後も検討を加えたい。
  4. 加齢による影響では、TgAbにおいては、30代以上の女性に高い頻度で陽性例がみられ、甲状腺自己抗体検出に貢献できるものと期待したい。
 以上の成績より、本法は従来法にまさる有用な甲状腺自己抗体検出法であり、潜在的な自己免疫関与の可能性の指標として臨床的意義が高いと考えられた。



文 献

  1. Holoborow EJ, Brown PC, Roitt IM:Cytoplasmic localization of complement fixing auto-antigen in human thyroid epithelium.British Med J 40:583-588,(1959)
  2. Trotter WR, Belyavin G, Waddams A:Precipitating and complement fixing antibodies in Hashimoto disease.Proceeding of the Loyal Society of Medicine 50:961-962,(1957)
  3. Mori T, Fisher J, Kriss JP:Studies of sn in Vitro binding reaction between thyroid microsomesand long acting thyroid stimulator.I.Development of solid phase competitive binding radioassay method for measurement of antimicrosomal and antithyrogloblin antibodies. J Clin Endcrinol Metab 31:119-133,(1970)
  4. Fujita K,Yamada N:Haemoagglutination test utilizing the microsomal antigen from the thyroid epithelial cells,Clinical Pathology 18:213-218,(1070)
  5. Weetman AP,Rennie DP,Hassman R,et al:Enzyme linked-immunoassay of monoclonal and serum microsomal autoantibodies.Clin Chim Acta 138:237-244,(1984)
  6. 加藤亮二,他:抗サイログイロブリン抗体および抗マイクロゾーム抗体測定の研究.信州大学医療短大紀要,17:151,(1991)
  7. Czarnocka B,Ruf J,Ferrand peroxidase and itsidentification as the mirosomal antigen involved in autoimmune thyroid diseases.FEBS Lett 190:147-152,(1985)
  8. Portman L,Hamada N,Heinrich G,et al:Antithyroid peroxidase antibody in patients with autoimmune thyroid disease:possible identity with anti-microsomal antibody,J Clin Endocrinol Metab 61:1001-1003,(1985)
  9. Kotani T,Umeki K,Matsunaga S,et al:Detection of autoantibodies to thyroid peroxidase in autoimmune thyroid disease by micro-ELISA and immunoblotting.J Clin Endocrinol Metab 62:928-933,(1986)
  10. Konno N,Yuri K,Taguchi H,Miura K,Taguchi S,Hagiwara K,Murakami S (1993):Screening for thyroid diseases in an iodine sufficient area with sensitive thyrotropin assays,and serum thyroid autoantibody and urinary iodine determinations. Clin Endocrinol(Oxf)38:273-281
  11. 今野則道,田口英雄,中島 詳,萩原康司,田口静子:高感度ラジオメトリックアッセイ(RIAnost hTSH)による血中甲状腺刺激ホルモン濃度の測定.核医学23:27380,(1986)
  12. 田口静子,他:TRCによる甲状腺自己抗体の測定とRIA法との比較.日臨技会誌32:428,(1983)
  13. Hoffmann RG:New Clinical Laboratory Stanardization methods. Exposition Press,New York.(1974)
  14. 井上 健,飯野史郎,他:定量的抗甲状腺自己抗体測定ーBL-TGAbおよびBL-TPOAbーの基礎的並びに臨床的検討.ホルモンと臨床39:125-130,(1991)
  15. 田口静子,田口英雄:甲状腺自己抗体測定とIRMAとの比較検討.日社保医会30:563,(1992)


要 旨

 TgAb腟POAb測定キットを用い、TgAb、TPOAbの基準範囲の設定と加齢による影響を検討し、合わせてTGHA、MCHAと比較検討した。健診対象者2,737例をTgAb、TPOAb測定し、最小標準濃度(0.3U/ml)以下をコンピューター上で読み、対数正規分布を示す部分(2,737例中1,331例)についてホフマン法で平均+3SDを算出した。TgAbの基準範囲上限は、1.83U/ml、TPOAbでは0.34U/mlであった。又、平均+2SDをとると各々0.48U/ml、0.12U/mlであった。TPOAb陽性率は9.8%で、MCHA(+)は、8.6%であった。一方、TgAbの陽性率は7.3%で、TGHA(+)の4.0%より高率であった。MCHA、TGHA陽性例のうち、TGHAのみ陽性は1.4%であったが、TgAb、TPOAb陽性例中TgAbのみ陽性は17.8%で、TgAbの感度はHA法に比べ高かった。TgAb、TPOAbの測定は自己免疫性甲状腺疾患の診断に有用である。



[Back to Home Page]    [Back to Contents]

日本放射線技術学会 北海道部会