女性医師の声

本間 美由先生(平成27年入局)

千歳市民病院で働いている医者6年目の本間美由です。
私は要領が悪く、精神科に入院して留年したり、国家試験に落ちたりと決してスムーズにいっているとは言いがたい人生です。
精神科に入院していたような医者に見られるのが嫌だという患者さんもいるのではないだろうか、自分は体力的に大丈夫なのかといった不安を抱えて旭川厚生病院での初期臨床研修が始まりました。
元々、私は整形外科に興味があったわけではありません。初期臨床研修制度で救急当直を行う上で整形は絶対に勉強しなければ、と思い整形外科で研修したのがきっかけです。
旭川厚生病院の整形外科には堀籠先生と相木先生が勤務されていました。当時、私の出身大学には整形外科に女医はほとんどおらずカルチャーショックを覚えました。その中で、診察の仕方や手術を教えていただき、整形外科に興味を持ちました。
初期臨床研修の後半、ここで手術する道を選ばなければ、もう二度と手術はできなくなるだろうと思い、向いてないと思ったらその時はその時悩めばいいだろうと、整形外科医になる決意をしました。
今現在も私は整形外科医という仕事が向いているかはわかりません。ただ、札幌医科大学の整形外科に入局して良かったと思うのは指導熱心で仕事熱心な先生方が多いことです。
地方出張中の今も諸先生方に相談させていただき、アドバイスを頂いています。そのような環境で働けて自分は幸せだと思います。
自分も新入局員に指導できるよう精進していきたいと思います。

久保田 ちひろ先生(平成26年入局)

『女の先生だ!良かった!』
初めて出張先の病院で外来診療を行った時、女性の患者さんや小さなお子様のお母様から頂いた言葉です。慣れない業務に不安を持つ中、患者さんのホッとした表情を見て、こちらもホッとしたのを覚えています。
私が整形外科医を志したのは中学生の頃でした。
スポーツが大好きで、スポーツに関わる仕事がしたいと思ったのが始まりです。
さて、トレーナーになったらよいものか?どんな仕事があるのか?
そんな時に当時の部活の顧問の先生に、『スポーツドクターって仕事があるよ!女医さんはまだまだ足りてないみたいだよ!』と教えていただいたことでまっすぐに目標が決まりました。そして数年後、無事に札幌医科大学に入学することができ、入学時からほぼ変わらずに整形外科医を目指してきました。
実際に整形外科に入局してみて感じたことは、良い意味で(時折悪い意味でも?笑)女性扱いされないということです。
色々な仕事のチャンスが男性医師同様に巡ってきますし、パワーが無いから無理、と最初から決め付けられるようなことは決してありません。自分としては、パワーがなくて悔しい思いをしたり、もう一回り、二回り、体が大きかったらなぁと感じたことが無いと言ったら嘘にはなります。しかし、それが原因でやりたいことやチャンスが潰れるということは無いと感じています。
学会や研究もそうです。頑張ればチャンスはたくさん巡ってきます。ありがたいことに海外学会で口演発するという経験もさせてきました。
分け隔てなく指導してくださる先輩の先生方には本当に感謝しています。
日常診療としては、細かいことではありますが、一つの手術の時間がさほど長くないことも、負担が少なく女性でも手術をしていられる要因かと思っています。
男性の割合が多いので敬遠されがちな整形外科ですが、女性でも働きやすい部分がたくさんあることをもっと知っていただけたら嬉しいです。
私はこれから本格的に専門の道へ進んで行くことになりますが、当初の目標と変わらず、スポーツ医学の道へ進むつもりです。
女性アスリートの活躍がどんどん増えてきているこの時代、女性医師であることを活かせるよう、少しでも力になれるよう、精進していきたいと思います。
整形外科ちょっと気になるけど…と迷っている女子学生さんや女性研修医の先生、ぜひ一度見に来てみてくださいね。

成田 有子先生

私は卒後13年ですが、札幌医大学整形外科に入局したのは卒後7年目の時でした。同期たちとは少し違った経歴ですが、こんな道もあるんだよ!ということで、少し昔を思い出して書いてみたいと思います。
卒業したのは近畿大学医学部という大阪にある大学です。2つ上の先輩から今の初期研修医制度が始まり、私は大学には残らず大阪の南にある民間病院で研修することにしました。“過酷”と言われたその民間病院での研修は、本当に辛くて何度も医者になったことを後悔(笑)しましたが、同期や先輩方に恵まれ何とか乗り切ることができました。最初から『内科医になりたい!』『外科医に決めてます。』と、自分の今後がすでに決まっている人もいるかもしれません。しかし、私は昔から色々なことに目移りしやすいタイプ(?)で、今後の自分の進路をなかなか決めきれないでいました。それでも、2年目の後半あたりでなんとなく『外科系が好きだな〜』と思っていたとき、系列病院に『外傷センター』ができたという情報が入り、おもしろそうだから一度見学しに行ってみよう!と思ったのが、今の整形外科医の道を歩む第一歩でした。
その“外傷センター”は札幌にありました。見学しに行くと上の先生方は優しくておもしろく、一般的な骨折から切断肢・開放骨折などの重度四肢外傷を治療する姿に感銘を受け、3年目からの後期研修を札幌の外傷センターで行うことに決めました。住み慣れた大阪からは少し遠いのですが、学生時代から1年に1回は北海道に遊びに行くくらいの北海道が好きだったので、移住することは特に気に留めていませんでした。
そこから4年間どっぷり外傷に携わっていたのですが、外傷治療をする上で整形外科の一般的な知識の習得が必要であることに気付きました。外傷センターの上司が札幌医大整形外科出身であることから札医大整形に取りあっていただき、山下教授をはじめ整形外科医局員の方々のご好意で異端児である私の入局が認められ、無事に(?)入局させてもらえました。
大学で1年間勉強し、医局人事で帯広協会病院に派遣、現在に至ります。現在私は帯広で働いていますが、当時一緒に転勤してきた大坪医師の下で働くうちにスポーツ整形の分野も勉強し、今は一般整形、スポーツ、外傷など様々な分野に携わっています。どの分野も奥が深く魅力的です。
女性医師は、今でも結婚や妊娠・出産といったライフイベントと自分のキャリア形成に関する悩みがつきまとうと思います。私は現在4歳になる息子がいます。以前は自分が結婚したり、妊娠・出産したりすると仕事が続けられるのかどうか不安でしたし、予想がつきませんでした。しかし、職場の上司や後輩、パラメディカルの方たちがかなり寛容で、周りのみんなに支えてもらいながらなんとか子育てし、仕事のキャリアも積んでいます。札医大整形外科という医局は外科系の中でも女性医師が活躍しやすい医局ではないかと思います。もちろん、他の医局に所属した経験がないので比較はできませんが。うちの医局には私以外でも、活躍している女性医師がたくさんいます。様々な人から話を聞いて、今後の人生の参考にしてみてください。私は帯広でお待ちしています!
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2年前ハワイ大学にて

肩の手術トレーニング。家族連れで行きました!

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息子の遠足のお弁当

たまにはキャラ弁作ります。キャラ弁苦手、、、

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現在の職場の整形医局

朝8時からカンファレンスしています

小助川 維摩先生

学生のころから外科系に興味があったこと、何より、患者さんの障害が目に見えて良くなり帰られることに魅力を感じ、整形外科を選択しました。学生時代には体力なくったって大丈夫!!と背中を押してくださった細腕の女医さんもおり、入局後も多くの先生方にご指導頂きました。初期には変性疾患について学びますが、出張病院では外傷を相手にすることも多くなります。私の身体的問題点はいわゆる筋力が全くないこと。骨折や脱臼整復については当初は大変でしたが、そのうちコツがあることも分かり、あまり問題とならなくなりました。
整形外科にはどうしても女性医師が少ない状況ですが、医者になって15年、先生が女医さんで話しやすい、と言ってくださる患者さんにたくさん出会いました。業務上追いつかないこともありますが、整形外科医としての女性医師が必要とされる場面が多いことを痛感しています。
現在、股関節を専攻し早10年となります。周りの先生には女性で股関節は大変だね、と声をかけられることも多いですが、とてもやりがいのある部門だと考えています。術中の脱臼整復など筋力的に劣る場面もたまにはありますが、そんなときは優秀な後輩男性医師(たまに先輩)にお願いしてしまえばいいことです。整形外科に入局を決めた当初の、患者さんが元気に歩いて退院する、その姿を今見られることがうれしいし、よりよい治療をできるようがんばろうと思う日々です。

水島 衣美先生(平成22年入局)

整形外科に入局してから、大学病院での後期研修のスタートを皮切りに、市立室蘭、釧路赤十字、砂川市立病院で臨床経験を積ませていただきました。そして再び大学に戻り専門医試験をなんとか合格し、その後の3年間は大学院での研究生活です。大学院は、病理学第1講座でがん免疫の研究をする機会に恵まれ、また臨床とは一味違った日々が刺激的でした。
気づけば医師として働き始めて11年がたち、さほど若くはないのに未熟者のままです。何年たってもわからないことや、勉強することがたくさんあって、整形外科での仕事は、尽きることのない魅力にあふれています。心身ともに健康を第一にこれからも頑張っていこうと思います。