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プレスリリース・メディア

魚眼図~「観る」ということ~(8月9日北海道新聞夕刊掲載)

魚眼図~「観る」ということ~解剖学第2講座 藤宮峯子教授(8月9日北海道新聞夕刊掲載)

北海道新聞掲載記事
解剖学第2講座・藤宮峯子教授の北海道新聞夕刊の「魚眼図」に掲載している
コラムを毎月紹介しています。

[書誌]
<魚眼図>「観る」ということ
2010/08/09, 北海道新聞夕刊全道, 9ページ

  私の専門分野の形態学で大切な事は、対象をよく観(み)ることである。
  分子生物学や遺伝子工学などを駆使する現在の医学研究の場にあっても、
顕微鏡で細胞の形をよく観察することは、病気の原因を探るために不可欠である。
形態学者が細胞の形をよく観ないで、他の実験データだけで結論を出すことは、
医者が患者の顔を見ないで、検査データだけで病気の診断をつけるのと同様、きわめて危険である。
 
対象をよく観ることは、観ながら心で感じる事でもある。人体が発する真実の声を聞くためには、虚心坦懐(たんかい)、素直な心でなければならない。研究で大発見をして、有名になろうという下心があれば、途端に相手は沈黙してしまう。顕微鏡の下に繰り広げられる自然の造形に魅せられ、細胞の美しい佇(たたず)まいに素直に感動する心をもっていれば、病的な現象を即座に発見することが出来る。もし、自分の都合の良いように自然の現象をねじ曲げて解釈したとすれば、結果の誤りはすぐ暴かれてしまう。

  よく観て、感じること。これは研究活動だけでなく、人間のあらゆる営みに必要なことではないだろうか? 人と接するときや物事を判断するとき、曇りのない目で対象をじっと観て、かすかなメッセージを心で感じ取ったときに真理が見えてくる。逆に他者から観られる事は、心の内面まで暴かれることであり、巧妙に策を弄(ろう)しても、悪事はいつか暴かれるものだ。
結局、この世を生きるということは、策を弄することではなく、自分が観る立場であれ、観られる立場であれ、内面をきれいにして感性を高めておく事が大切と思う。(藤宮峯子・札幌医科大教授=解剖学)


北海道新聞社許諾 D1007-1101-00006651
  • 経営企画課広報
  • 発行日:2010年08月09日