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プレスリリース・メディア

北海道新聞記事掲載(災害派遣医療支援チームDMAT)

東日本大震災に伴う災害派遣医療支援チーム「DMAT」の活動に関する記事が北海道新聞に掲載されました(7月20日掲載)

北海道新聞掲載記事
災害派遣医療支援チーム*DMAT*東日本大震災 道外に初出動*「広域搬送」に教訓*柔軟な対応 現場で必要/お薬手帳持って避難を

2011/07/20, 北海道新聞朝刊全道(生活・くらし), 12ページ

 阪神大震災を教訓に、震災発生から48時間以内の救急医療を行うため国が設立した制度「DMAT」(ディーマット=災害派遣医療支援チーム)。東日本大震災ではDMATの道内チームが、初めて道外で活動した。道内外の拠点でチームを統括した札医大の2人の医師に、大震災での活動状況や災害に向けた日頃の備えについて聞いた。(塚本博隆)

 道によると、道内は札医大、旭医大、市立函館、市立釧路総合病院など13医療機関がDMAT指定病院として登録。大震災には札医大、旭川赤十字病院から2チームずつなど計15チームが出動、重症者の広域的な搬送を担当した。
 そのうち6チームは、震災発生翌日の3月12日午前、「広域医療搬送拠点」に指定された岩手県のいわて花巻空港に派遣され、15日までの4日間活動した。

 派遣チームを統括した札医大の沢本圭悟医師(33)によると、4日間で約100人の負傷者が運ばれ、トリアージ(治療の優先順位付け)や応急手当てを行った。そのうち重症者は海水を飲んで重い肺炎となった人など19人で、4人を自衛隊機で道内に搬送、東京や秋田にも搬送した。
 他は、想定外の生死に関わらない中程度以下の負傷者が占めた。広域医療搬送拠点はあくまで重症者の搬送中継が目的だが、道路事情が悪かったこともあり、多様な症状の負傷者がヘリで運ばれてきた。
 高齢の負傷者からは「高血圧の薬がほしい」などと求められたが消毒薬などしかなく、現地医療機関も混乱しているため迅速な対応はできなかった。沢本医師は「災害は画一的でないことを思い知った。今後は柔軟な対応が求められる」と話す。

 一方、15チームのうち道内の広域医療搬送拠点に指定された航空自衛隊千歳基地には、3月12日から16日まで9チームが待機した。当初、重症者50人程度が道内に搬送されるという情報があり、受け入れに万全を期した。しかし今回の震災は津波直後に即死したケースが大半で、多数の重症者を搬送するというDMATが主眼とする患者は少なかった。

 千歳基地でチーム全体を統括した札医大の丹野克俊医師(43)は「DMATは最悪の事態を考えて行動している。結果的に道内での受け入れは少なかったが、隊員同士や自衛隊との連携もうまくいき、目立ったトラブルもなかった」と道外初出動を振り返る。
 丹野医師は今回の災害で得た医療面の教訓として、常用している薬を被災者が覚えていなかったことを挙げる。「お薬手帳は(避難の際)すぐに持ち出せるようにしてほしい」と訴える。
 また水でぬれるなどして携帯電話が使えなくなり、負傷者の関係者と連絡が取れないケースも多かった。連絡先の電話番号を携帯電話だけにしか登録していなかったためで、「携帯電話以外にも(メモや手帳などに)連絡先を控えておいてほしい」と力説する。
 
◇DMAT◇
 阪神大震災で「通常の救急体制ならば500人は助かった」とされることから、厚生労働省が2005年に創設。大災害や飛行機事故など現地の医療機関だけでは対応できない状況で派遣され、医療機関の支援と重症者を広域的に搬送するのが主な目的。6月末で全国の452医療機関が資格を持つ。1チームは医師、看護師各2人、事務員1人の計5人で構成。各チームが処置手順を共通化しており、緊急時に複数チームでも円滑な対応が可能だ。派遣は都道府県が決定。東日本大震災では計340チームが出動した。

【北海道新聞社許諾D1107-1201-00007588】
※記事は下記PDFをご覧ください。
  • 経営企画課広報
  • 発行日:2011年07月21日