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魚眼図~「愛と死」~(9月2日北海道新聞夕刊掲載)

魚眼図~「愛と死」~解剖学第2講座 藤宮峯子教授(9月2日北海道新聞夕刊掲載)

北海道新聞掲載記事
北海道新聞夕刊「魚眼図」に掲載された解剖学第2講座・藤宮峯子教授の
コラムを毎月紹介しています。

<魚眼図>愛と死
2010/09/02, 北海道新聞夕刊全道, 5ページ

ニセコの有島武郎記念館を訪れた。羊蹄山を望む美しい自然の中に瀟洒(しょうしゃ)な建物があった。大地主の長男として生まれた武郎は、帝国大学で教鞭(きょうべん)をとり、内村鑑三に師事してキリスト教に入信。その後私有地を小作人に分け与えるなど、卓越した生涯を送った人だ。しかし、愛人とともに45歳で自死を遂げたという事実は展示から削除されていた。
有島武郎という偉大な作家にとっては不名誉な結末であるかもしれないが、名誉や功績など表の部分だけで人間が理解できるわけではない。生身の人間がいつもそうであるように、愛や憎しみや後悔など内面の強い感情が人間を突き動かし、感情の発露として生まれた作品を後世の人が評価するだけだ。
命を賭して人を愛し、揚げ句に後戻りできなくなる。恋愛がファストフード並みに手軽になった現代人に理解できるだろうか? 愛人と自死するより、一見道徳的で、かつ事なかれ主義で生き長らえることの方が正しいだろうか?
死は必然的に人を襲い、愛も必然的に人を襲う。死へと向かう生身の人間が命がけで人を愛したという事実は、覆い隠されてはならないと思う。
有島武郎の名誉のために覆い隠された波多野秋子という女性の生涯を思う。いつの時代にも、無責任な世間の批判の的になるのは女性のようだ。世間体を取り繕うことなく、真剣に愛し真剣に生きた女性がいるなら、その事実を覆い隠すことは、生への真剣な取り組みそのものを否定することになりはしないか。
記念館を取り巻く木立の中を風が吹き抜けていった。秋子の魂が武郎とともにこの地に帰ってきて、自由に飛び回っているような気がした。
(藤宮峯子・札幌医科大教授=解剖学)


北海道新聞社許諾 D1007-1101-00006651
  • 経営企画課広報
  • 発行日:2010年09月07日

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