研 究
化学教室の歴代教授は生化学領域を専門分野とし、研究成果のほとんどを生化学の専門誌に発表している。坂上教授は、脂質全般の生化学的研究で著名であり、化学教室における研究の初期には、血漿リポタンパクの研究、ラット血漿、赤血球、肝のスフィンゴリン脂質の同定、血漿リポタンパク質にお
_けるリン脂質の血漿と血球間の交換、プロスタグランジンの平滑筋拘縮作用、リポタンパク質のリン脂質群の生合成的リン酸基の局在、コレステロールエステルの生成機構、スフィンゴミエリンの分布と代謝、各種臓器や血液細胞のリン脂質や他の脂質とリポタンパク質の動態など、脂質に関する広範な業績を残された。更に、脂質の構造解析にとどまらず、筋における脂質代謝研究で脂質代謝の機構解明にも多大な寄与をされた。これらの研究には三成助教授、谷口助手が協力した。
三成教授は初期には坂上教授との共同研究で、おもにリン脂質代謝に精力を傾けられ、その後独自の研究分野に邁進された。すなわち、スフィンゴリン脂質であるスフィンゴミエリンの各種組織や血漿における解析と代謝研究、赤血球膜脂質の研究、リポタンパク質における脂質とタンパク質の相互作用、血漿アポタンパク質複合体の研究、さらにHDLの構造変換および各種因子の影響の研究である。これらの研究には横山助教授、能野助教授、土橋講師、谷内田助手が協力した。
赤血球については能野助教授と三成教授が膜骨格タンパク質の構造と機能相関の解明へと研究を進め、主要タンパク質であるスペクトリンの性質に関し業績を上げた。更に赤血球に多量に存在するカルモジュリンの溶液構造をシンクロトロン放射光を線源とするX線溶液散乱法で解析し、この分野で優れた業績を上げた。カルモジュリンの溶液構造解析の研究は現在も継続しており、最近カルモジュリンの標的分子認識機構について新説を提唱している。X線溶液散乱法を用いた測定によりCa2+/カルモジュリン依存性タンパク質脱リン酸化酵素であるカルシニュリンの溶液構造解析にも着手している。カルシニュリンは免疫抑制剤であるシクロスポリンAやタクロムリス(FK506)の標的酵素として知られており、溶液構造と機能相関に関する研究成果が注目される。
賀佐教授は神経系の複合糖質を中心に、脳組織の新奇な糖脂質の単離とその構造解析、糖鎖関連タンパク質の解析と動態が主な研究領域である。グリオーマに特異的な糖脂質としてアセチル化セラミドを持つガングリオシドを
見いだし、その構造を核磁気共鳴スペクトル(NMR)や質量分析などで決定した。このグリオーマ関連糖脂質の合成に成功し、それを用いて脂質のアセチル基がガングリオシド糖鎖の抗原性に強く影響することを明らかにした。このアセチル化糖脂質の生成機序を探る一連の研究で、アセチルCoAがセラミドの生合成前駆体と非酵素的に反応してH2-セラミドを与えることを見いだした。セラミドはアポトーシス惹起物質であり、H2-セラミドからセラミドが生合成されることを考慮すると、生体内でのアポトーシスに関連する新たな制御機構の存在が予想される。一方、糖質を修飾して糖鎖関連タンパク質の光親和標識法による解析法を確立し、実際にマンノース6リン酸/インスリン様増殖因子II(IGF-II)受容体の糖鎖リガンドに応用して、その受容体を検出する方法を確立した。また、硫酸化糖脂質の生合成酵素(硫酸転移酵素)は特定の腎細胞癌細胞(本学泌尿器科学講座教授塚本泰司教授より供与)で顕著に発現していることを見いだし、その発現はC-キナーゼによる調節機構を介すること、EGFやTGF-a、HGFによって発現が高まること、本酵素がすべての硫酸化糖脂質の合成酵素であること等が明らかになった。一方、ウマ赤血球由来の新奇な複数のアセチルガングリオシド、正常ウマ脳由来スフィンゴ型およびグリセロール型ガラクト脂質の長鎖アルデヒド修飾糖脂質(プラズマロ糖脂質)の化学構造
を明らかにした。その他、脳組織より硫酸化アシル化糖脂質の単離、セラミド合成酵素の測定法の確立、ウニ腸管由来の抗腫瘍効果を持つ糖脂質の構造解析の諸研究に寄与した。以上の研究は、土橋講師、谷内田助手の他、本学脳神経外科学講座の末武敬司、千葉昌彦、台野巧、三上毅の諸博士、精神神経内科柏木基博士、臨海医学研究所佐原弘益博士、北海道大学医学部第三内科学講座小林隆彦博士によるものである。また血清コレステロールの代謝に関して,コレステロールエステル転送タンパク質(CETP)の転送活性とHDLコレステロール値とが負の相関を示し,これはCETPの遺伝子上の点変異によるものであること,札幌圏でも数%の割合で高HDLコレステロール値を示す人がいることなど,北海道大学医学部臨床検査学講座千葉仁志助教授・社会保険中央病院辻昌彦医師らとの共同研究により明らかにした.