Entered: [1997.05.03] Updated: [1997.05.06] E-会報 No. 37(1996年 11月)
合同シンポジウム講演要旨

シロイヌナズナを用いた種子登熟過程の遺伝学的解析
北海道大学・農学部・応用生命科学科
南原 英司


 高等植物の胚発生後期過程には、種子休眠の遺伝的プログラムが誘導され、成熟した乾燥種子を形成する。種子休眠は植物ホルモンであるアブシジン酸(ABA)によって促進され、一方、種子発芽はジベレリン(GA)によって促進される。このように、植物は種子が環境に適応するための遺伝的プログラムのON/OFFを、互いに逆に作用する2つの植物ホルモンをシグナルにすることによって調節している。我々は、この種子休眠・種子発芽を構成している遺伝的プログラムのメカニズムを明らかにすることを目的に、シロイヌナズナを用いて遺伝学的に解析している。

 シロイヌナズナの休眠能が低下した変異株を用いた解析から、ABI3遺伝子とFUS3遺伝子は種子休眠と種子発芽を制御する重要な調節因子であると考えられている。abi3変異株とfus3変異株では、種子休眠能が著しく低下しているのみならず、種子貯蔵物質の蓄積量が低下しており、種子は耐乾燥性を獲得できない。また、abi3変異株は種子のABAに対する感受性が著しく低下しているが、fus3変異株は種子のABAに対する感受性が正常である。これらのことから、ABI3遺伝子はABAを介した種子休眠誘導系の構成因子であり、FUS3遺伝子はABAに依存しない種子休眠誘導系の構成因子であると考えられている。ABI3遺伝子は、ポジショナルクローニング法で遺伝子が単離され、種子に特異的に存在する転写調節因子であることが示された。胚発生中・後期に誘導される種子貯蔵蛋白質遺伝子群のabi3変異株とfus3変異株における発現を調べると、全ての遺伝子はabi3変異株とfus3変異株の両方で発現が低下していた。このことから、ABI3遺伝子とFUS3遺伝子は種子成熟中・後期に誘導される遺伝子群の活性化に関与していると考えられる。一方、生理的・形態的解析からabi3変異株とfus3変異株では、胚発生後期に発芽後の遺伝的プログラムが異所的に誘導されていることが示唆された。そこで、abi3fus3二重変異株の胚発生後期に野生型株よりも強く発現している遺伝子をdifferential display法により検索し、6クローンを単離した。これらクローンは野生型株では発芽後に誘導されるが、abi3・fus3二重変異株では胚発生後期から誘導していた。abi3変異とfus3変異は劣性変異であり、loss of functionの結果、通常は発芽後に誘導される遺伝子群がより早い時期に発現することから、ABI3遺伝子とFUS3遺伝子は発芽後に誘導される遺伝子群を胚発生後期に抑制する役割も担っていると考えられる。以上のことから、胚発生後期の遺伝的プログラムは、ABA依存的な遺伝子発現調節系(ABI3調節系)とABAに依存しない遺伝子発現調節系(FUS3調節系)によって、胚発生後期に誘導される遺伝子群の活性化と発芽後に誘導される遺伝子群の抑制という二面的な役割をもった2つの調節系によって構成されていると考えられる。


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