Entered: [1997.05.05] Updated: [1997.06.14] E-会報 No. 38(1997年 3月)
海外レポート =留学体験記=

ロンドン・ミルヒルの丘にて
多田 正純


 以前は札幌可否茶館のキリマンジャロで目覚めていた私であるが,今ではすっかりイングリッシュブレックファストの香りに馴染んでしまった.この2年でコーヒー党の私が紅茶をたしなめるようになってしまったのである.なぜかイギリスにはそんな不思議なところがある.サイエンティストとしての私(Masa)も少しイギリスの雰囲気に馴染んだ気がする.気のせいかもしれないが・・・.

北海道大学薬学部上野研の助手を勤めていた私はラッキーなことに在外研究員としてロンドンの国立医学研究所発生生物学部門のJim Smith博士の研究室にお世話になることになった.というのは,と上野先生はヒューマン・フロンティアのグラントで共同研究をしていたからである.国立医学研究所はロンドン郊外のミル・ヒルという丘の上に80年前からそびえ立っている.の研究室はイギリスの研究室としては大きいほうで,ポスドク7人,大学院生3人,テクニシャン3人からなる.ジムは40歳過ぎであるが,イギリス発生生物学会のドンであり,のeditorial boardにも名前を連ねる.ボスは元気で留守が一番とよくいうが,ジムはその典型的な例かもしれない.だいたい週の半分は出張やミーティングでいない.しかしそのうち一日は2歳になったAngusの子守に費やしているようであるが.奥さんのFionaもロンドンに自分のラボを持っているので,このような光景はめずらしくない.かといってラボのみんなとコミュニケイションがないわけではなく,自分のオフィスにいるときはたいていどんなときでもディスカッションにのってくれるし,生データをみてくれる.なんといってもこちらに来て驚いたことはDNAシークエンサーもイメージアナライザーもないことである.いまだに35Sでラベリングしてアクリルアミドゲルに流し,レイフィルムに現像したシークエンスラダを目で読み,手でコンピューターに入力してデータを解析している.いかにイギリスとはいえ,さすがにマキサムギルバートでやっている人はいないようであるが.といってもお金がないわけではなく,顕微鏡とかにはお金をかける.彼らの発想では,データのクオリティーに関わるものの価値基準が高いだけではないだろうか.

 イギリス人は実によくお茶を飲む.朝10時と午後3時に30分かけてゆっくり飲む.重要なことはこのお茶の時間にサイエンスのディスカッションをしていることである.みんな自分の意見を持っていて淡々と語り合う.また,私のように英語のへたな日本人の言うことでも聞く価値のあるものなら耳を傾けてくれる.サイエンスはポリシーとディスカッションから始まるといった感じである.

 さて,午後6時は待ちに待ったビールの時間である.イギリス人はビールもよく飲む.この研究所内にもパブがあり,世間話,新しい映画や本のこと,研究所内のゴシップなどを話し合う.この時間も楽しく研究生活をおくるうえで大切なひとときである.イギリスにはラガーのだけではなく,ビターやエイルなど実に多くの種類のテイスティなビールがある.イギリス人はたくさん飲むが酔わないので,すぐに酔ってしまう私などは控えめに飲む必要がある.でないと単にみっともないだけだからである.ここはあくまでも紳士の国イギリスなのである.

 ここの研究所のいいところは我々の発生生物学の分野のラボが7つあり,有益に情報交換していることである.マウスからショウジョウバエ,さらにイーストまで,ほとんどすべてのモデル動物がそろっている.毎週金曜日の夕方にこれらのラボの人々が集まって行うセミナーがある.ここで未発表のデータももとに熱いディスカッションが行われる.私も一度話したことがあるが非常に緊張する.というのはCELLやG&Dのeditorial boardにも名前を連ねるボス達を前に話すのでへたなことをいうとたたかれるからである.このセミナーをとおしてみんなプレゼンテーションの大切さを思い知らされるのである.

 こちらに来て一報論文を書いた.にみてもらったらところ,「Masa,よくかけてるよ.」ところがもどってきた論文をみると,マテメソ以外は原文が一行しかないではないか.確かに私の英語力がないせいもあるが,それだけではない.英語としての論理的な文章の展開ができていないことによるのである.すなわち日本語で考えてそのまま文章にしたのでは英語として成り立たないことを身を持って感じさせられたのである.私の結論では,日本人が英語が下手なのは論理的な思考をするトレーニングを受けていないからではないだろうかということである.

 この研究所で渋いサイエンティストにあった.彼はJonathan Cookeという人で,60歳ぐらいのおじいさんであるが,最新の情報をもとに自分の価値観を添えて,いまだにポスドクたちとがんがんディスカッションしている.彼にはポスドク一人と大学院生一人しかいないが,2年に一報ぐらいはNatureかScienceをだし続けている.かと思うと,たまに若い女の娘をつかまえてテニスをしている光景もみうけられる.こういう人が生き残っているのがイギリスのサイエンスの象徴のような気もする.こちらの一流のサイエンティストは人前であくせく実験やデスクワークをやっている姿をみせない.陰ではひといちばいやっているかもしれないが.そして決して数は多くはないがいい論文をコンスタントに出す.もちろんアメリカ式に人と金をつぎ込んでという雰囲気は全くない.彼らは結果を求めているわけではなく,自分の素朴な疑問を解決しているだけのように見える.

 こちらに来てNobueという日本人にであった.彼女はユニークなcharacterの持ち主なので紹介したい.彼女の得意技は顕微鏡下でニワトリ初期胚の横腹のあたりの細胞をちょいとつまんで首のあたりに移し換えることである.これが実にうまく,また一日中やっていても飽きないようである.ところがカエルのアニマルキャップと呼ばれるそれより少し大きめの細胞の塊を30分もみていると酔ってしまうのである.すこしでも動くものを見続けているとよってしまうようである.たとえば映画館でアクションものを観るとか.このほかに挙げればきりがないが,この人とは永いつきあいになりそうな気がする.

 とりとめもなく書きつづってしまったが,やはりこちらに来ての一番の収穫はもっとサイエンスを楽しまなければいけないということに気づかされたことではないだろうか.もちろんそれだけの実力をつけれればであるが.まだまだ道のりは長そうである.もう3年目の春が来てしまった.


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編集幹事:松岡 一郎 matsuoka@pharm.hokudai.ac.jp