Entered: [1998.10.10] Updated: [1998.11.19] E-会報 No. 42(1998年 10月)
第9回 分子生物学交流会

最新NMR法による生体物質構造解析の現状
−X線結晶構造解析法との比較−
通産省工業技術院北海道工業技術研究所(北工研)
低温生物化学部・機能物質化学研究室
津田 栄


 NMR法は,リガンド濃度,温度,塩濃度,pH等の変化に伴うタンパク質の状態変化の解析を得意とする.この為に旧来のNMR研究では,既にX線法でその立体構造が決定されたタンパク質を研究対象とし,そのリガンド濃度等の変化に伴う状態変化を調べるという内容のものが多かった.しかし1990年代初頭にその基礎が確立された3次元NMR法は遺伝子工学の併用により比較的小分子量のタンパク質の水溶液中での立体構造決定を可能にした.更に,近年ではアミノ酸残基レベルでの分子運動性を明らかにできるよう改良が進められている.最新NMR法によるタンパク質構造決定は以下の手順により行われる.

  1. 遺伝子工学を用いて目的のタンパク質の13C/15Nラベル体を大量に発現する.

  2. 得られたラベル体の高分解能多次元NMRスペクトルを得る.

  3. スペクトルを解析し,二面体角情報および何百もの原子間距離情報を得る.

  4. 得られた情報を満たす構造を計算により得る.

このように,構造決定に関するNMR法の最大の長所はX線法で必須であるところの「結晶化」の過程を必要としない点である.一方,短所として構造決定できる分子量に限界がある(4〜5万程度まで)ことが挙げられる.

 上でも述べたタンパク質構造のリガンド濃度,温度,塩濃度,pH依存性に関する知見は,そのタンパク質の物理化学的性質や機能を論じる上で欠くことが出来ない.これらの依存性解析実験のNMR法によるやり方は,以下の通りである.

  1. 僅かずつの濃度あるいは温度の変化に伴うスペクトルの位置(化学シフト)や線幅の変化を観測し,リガンド濃度依存性曲線や温度依存性曲線を得る.

  2. 得られた曲線に対し仮定に基づく理論曲線の最小二乗フィットを試みる.

  3. 2の結果から,求めたいリガンド結合定数(105M-1以下の弱い定数のみ可)やpKa値,活性化エネルギー,熱力学的変数を誤差と共に見積もる.

  4. 見積もった値を基に,そのタンパク質の性質を議論する.

無論このようなやり方はNMR法に限らず,FluorescenceやCDなど水溶液状態のタンパク質を扱う一般的な分光学的手法についても当てはまる.現在のラベル体を用いたNMR法では,タンパク質を構成する一つ一つのアミノ酸残基について上記の依存性解析が行える.

 本講演では,多次元NMR法によるタンパク質構造解析実験および依存性解析実験に関して我々の行っている具体例を示すとともに,両実験におけるNMR法とX線解析法との比較検討を行う.


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