植物トランスポゾンの転移制御機構:キンギョソウTam3の温度依存性転移に着目して
                   貴島祐治(北海道大学大学院農学研究科) 

トランスポゾンを発見したマクリントックは,晩年,ゲノムがショックやストレスを受けると,トランスポゾンの活性化が引き起されると言うゲノムストレス説を提唱した。しかし,ゲノムに対して何がショックあるいはストレスとなるのかその実体は曖昧であり,彼女の提唱する現象を具現化する事例は極めて少ない。例外的にこの現象を明瞭に示す事例の一つが,演者の研究対象としているキンギョソウのトランスポゾンTam3である。Tam3の転移は,低温(15℃)で著しく活性化し,高温(25℃)では殆ど転移しない.この低温ストレスに応答し転移する性質は,Tam3独特な性質であるが,植物トランスポゾンに普遍的な制御機構メチル化と密接に関係している.今回,このTam3の温度に対する転移制御機構とメチル化との関連性を中心に話題を提供したい。Tam3はキンギョソウゲノムに約50コピー存在し,我々が用いているHAM5系統では,少なくとも8コピーが転移することを確認している。これらコピーは同一の構造を有し,ゲノムの様々な部位に散在している。既述の如く,これら8コピーは,25℃ではどのコピーも転移することができないが15℃に温度を下げると転移するようになる。この場合,コピーによって転移活性に相当(100倍以上)の差が生じ,その差は各コピーが挿入している染色体の位置に依存する。Tam3の温度感受性を知る手懸かりとして,我々はまず,Tam3内部にコードされている転移酵素遺伝子の転写および酵素活性を,高温と低温で育成した個体で比較したが,特に両温度の間で顕著な違いは認められなかった。そこで,トランスポゾンの転移抑制に働くとされるDNAのメチル化について調査したところ,Tam3の末端領域のメチル化が低温では低く,高温では高いことが判明した。Tam3末端領域のメチル化は温度に合わせて,可逆的に変化し,それはこの領域に限定された変化であった。また,Tam3の転移酵素タンパク質はメチル化したDNAには結合しなかった。従って,Tam3末端領域の可逆的メチル化がTam3の温度感受性転移と深く関連することが示された。本実験で示されたような明確なメチル化の制御機構は,植物では殆ど知られていない。そして,温度がメチル化変化のスイッチになりうることは,マクリントックの云うゲノムストレスとして,トランスポゾン活性化の引き金になることを示唆するものである。